『太陽の蓋』
監督 佐藤太

 福島原発の事故が起こった六年前に何が起きていたのかを、主に官邸周辺を中心に描いた劇映画を観ながら、なぜに「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の問題に触れないのかとの不満が残った。

 あのとき官邸は、右往左往しながらもそれなりに懸命に対応しようとしているようには感じていたのだけれども、本作の造りでは、そのこととともに、呆れるほどに他人事めいた保身対応を露呈していた東電本店や原子力安全・保安院、六年前のマイ・バック・ページ』の映画日誌に「今や“サイテー”の時の人たる斑目…委員長」などと記したこともある原子力安全委員会のみならず、各省庁が官邸にろくに情報を上げていなかったことを、今さらながらに訴えることが主目的のように感じられる形になってしまっていた気がする。

 新聞記者の山中(大西信満)が他社の記者仲間である鍋島(北村有起哉)に語っていたことだったように思うが、未曽有の出来事に対して何ができたわけでもなかったかのようなぼやきを告げることで、メディアにしても官邸や政府にしても、結局は同じことだったかのように印象づける部分が見受けられた点は問題だ。

 あのとき民主党なかんづく菅政権でなければ、東電にしても各省庁にしても、あれほどには蚊帳の外にしなかったのではないかという気がしなくもない。自民党政権ではないからだとか、イラ菅だからといったことでの反発や不信感でそうしたのかもしれないと思わせるような情況が、当時の政府内外に確かにあったような気がしてならない。少なからぬ数の国民の生命を左右する事案に係る重大情報がそのようなことで官邸に上がらないという事態が起こっていたことに、ほとほと呆れ果てた覚えがある。

 とりわけ体質の古さに定評のある文科省や外務省、東電との関係が密に濃い経産省といったところが、東電とともに挙って重要な情報を握っていたことが後に判明したはずだ。そうはいっても、仮に詳細な情報が正確に官邸にまで上がっていたところで何ができたわけでもないし、報道によって何ができたわけでもないような空前絶後の破格の事々が大半だったことに間違いはないとは、僕も思っている。

 しかし、十把一絡げに全てそうだったかのように語ることでは済まない由々しき問題として「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の件があるのに、そこをまるっきりスルーしてしまうのは、本作の大きな落ち度だという気がした。少なくともあの部分は、仮に詳細な情報がすばやく正確に上がっていたら、避難指示や避難計画は異なったものになっていた気がしてならない。しかも、少し遅れて米軍には伝えた後も官邸には伝えなかったとされていることが事実であるならば、国民不在も甚だしく、その根深さにはおぞましさを覚えずにはいられない。

 当の被災者たちは本作を観て、そのあたりをどのように感じるのだろう。前述したとおり、現場ではない東電本店の上層部や保安院、安全委員会のひどさは格別ながらも、彼らのひどさを際立たせることで菅政権擁護を企図している映画のように見える部分もあることが、何だかひどく気になった。

 とはいえ、わずか六年でこれほど風化しているかと気付かせてくれるだけの“原発事故発災時点の緊迫感”は、電源喪失で叶わぬベントを手動で行うべく向かう現場の決死隊の描写のみならず、きちんと描出されていたように思う。国としても、企業としても、それを職務命令として発することができない苦衷とともに、被災した現場では可能な限りの最善を尽くそうとしていた姿が描き出されていたが、それは正しくそのとおりだったのだろうと思う。

 今なお生活再建の及ばない被災者にしても、再建のしようのないものを失った被災者にしても、そして、ひとたび事故が起きたらまったく手に負えなくなる原子力発電を今も追い求める組織の愚とも言えぬ醜態に関与し従事せざるを得ない人々にしても、気の毒でならない。次々と再稼動が進められ、六年目にして遂に政府主催の震災追悼式の首相式辞から原発事故への言及がなくなり福島県知事から違和感の表明がされたと報じられる状況に至っているなか、一体どうすれば止められるのだろう。

 
by ヤマ

'17. 3.12. 美術館ホール



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