『ヒマラヤ杉に降る雪』(Snow Falling On Cedars)['99]
監督 スコット・ヒックス

 タイトルはどういう意味なのだろうと思っていたら、イシュマエル(イーサン・ホーク)が「杉の匂いがする」と囁いていたハツエ(工藤夕貴)の身に降り掛かった冷たく積もる“日系人差別”のことだったようだ。杉の匂いのする女性の身体というものの現実感覚についてはちょっと想像しがたいようなところがあるが、それだけに印象深く残るフレーズで、非常に詩的で文学的だと思った。映画化作品にもそれに相応しい香気が宿っていたような気がする。

 カズオ(リック・ユーン)は、ドキュメンタリー映画442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍や劇映画『山河あり』['62]でも見聞した第442連隊兵士の生き残りなのだろう。日米開戦後の日系人収容所でハツエと彼が結婚したことで、日本との戦争によって片腕を失った後も今なお彼女を想うイシュマルが屈託を覚えるのはやむないにしても、アメリカ社会では戦後になってなお、判事(ジェームズ・クロムウェル)に「恥を知りなさい」と叱責されていた検事からカズオが受けるような差別的偏見に晒されてしまうわけだ。検事という知的にも階層的にも社会の上位に位置している者である点が重要だ。

 他方で、戦時中から人種差別に異議を唱えるリベラルな視座を保ち続けたために世間の非難を浴び、嫌がらせを受け、広告主が激減しても、変わらぬ紙面で発行すべく「8頁を4頁にしよう」と言っていた地元新聞社主(サム・シェパード)のぶれの無さや、状況証拠からは極めて不利な状態にあるカズオに就いた弁護士(マックス・フォン・シドー)の名演説が、実にかっこよくて素敵だった。アメリカン・スピリッツの非常に良き部分だと思うが、近年とんでもなく後退してきている気がする。

 それにしても、十七年前の作品を今の時期になって敢えて選んで上映したのは何故だろうと不思議に思っていたら、200回記念上映会の挨拶で主催者が上映に先立ち、四年前の記念上映会で天国の日々を上映したときに観る機会があって次の記念上映会は本作にしようと決めていたとの話だった。結果的に、近年とみに世界中で喧しくなってきている移民難民問題やメディアが商業的配慮からか煩事を避けてか世情への迎合や権力への忖度によって、加速度的に報道のアイデンティティを自ら損ねている現況を照射する面も持ち合わせる非常に時宜にかなった上映会になったような気がする。




推薦テクスト:「シネマ・サンライズ」より
http://blog.livedoor.jp/cinemasunrise/archives/1062026578.html
推薦テクスト: 「眺めのいい部屋」より
http://blog.goo.ne.jp/muma_may/e/cf5cfecbf10d7162616a8edb5b057644
 
by ヤマ

'16.10.23. 美術館ホール



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