『あの日の声を探して』(The Search)
監督 ミシェル・アザナヴィシウス

 エンドロールのクレジットにインスパイアされた作品として示されていたフレッド・ジンネマン監督の『山河遥かなり』['48]と原題では同じタイトルにしている作品だ。原案作は未見ながら、目の前で両親をロシア兵に殺されたショックで声を失ってしまうハジ少年(アブドゥル・カリム・マムツィエフ)にあたる登場人物はいても、もはや少年でない十九歳の若者コーリャ(マキシム・エメリヤノフ)に当たる人物や難民を支援している国際赤十字の現地責任者ヘレン(アネット・ベニング)に当たる人物は描かれていないような気がする。だからこそ、ミシェル・アザナヴィシウス監督が最も訴えたかったことは、この二人の人物を通して描かれているものなのだろう。

 路上で友人と戯けたナンパ話に興じていた音楽好きの若者コーリャが大麻と思しきものを不法所持していたばかりに“強制入隊”と呼ばれているらしい仕組みによってロシアの軍隊組織に入隊させられ、暴力まみれの日々を生き延びるうえで余儀なくされるものの凄惨さが、容赦なく描き出されていたように思う。ハジ少年の受難以上にコーリャの見舞われていたものが強烈な印象を残していて、三十年近く前に観た炎628['85]のラストのシューティングシーンのことを思い出した。

 作中、欧州人権委員会の職員であるキャロル(ベレニス・ベジョ)によって「数百年にわたる憎しみの連鎖を生み出す人権侵害を重ねている」と告発されていたロシア軍のチェチェン人に対する行状もさることながら、軍隊内部の非人間性が際立っていて、誰のための、いかなる目的であろうとも肯定されてはならない“絶対悪としての戦争”が描かれていたように思う。

 ロシアの軍隊がヒドイのではなく、軍隊がヒドイのだ。とりわけ、短期間で殺人という非人間的行為にタフに従事できるよう図る人間改造には、旧日本軍の惨状を描いた戦後の日本映画で観馴れた“新兵いじめの暴力まみれ”がそのままに出てきていて、実に嫌な符合と説得力があった。古今東西を問わず普遍的な実態なのだろうと思う。

 キャロルが従事していた“国際社会に訴える人権委員会の活動”が無駄だとは思わないけれど、彼女の詳細な聴き取り記録に基づく告発に対して、いずこの会議においても見られるような私語会話をしながら着座している者やうわの空で報告が映ってなさそうな委員の姿を、熱心に聴き入っている委員ともども併せて映し出していたなか、ヘレンが現地でキャロルに言っていた「目の前の子ども一人を助けることのほうがこの国の助けになる」との言葉がもっともな現実なのだろうとつくづく感じた。アネット・ベニングがなかなかよかった。

 それにしても、冒頭、誰の目線で撮られたものだろうと思った虐殺場面が、友軍兵士と思しき戦死者の遺品漁りによってカメラを入手したロシア兵コーリャによるホームビデオ感覚の記録だったとは恐れ入った。こういう不埒なことができるようになる破壊に勝る人倫破壊はないように感じるが、思えば、僕が若かりし頃に読んだ『中国の旅』文庫版 P232~P237)などにも掲載されていた残虐写真に限らず、さまざまな戦争における前線兵士の残虐行為を写した記録の大半が報道目的のものではなく記念撮影のようなものであることに思い至って戦慄した。

 何の咎もない気弱な新米兵士をコーリャが己が保身のためだけに半殺しに殴打するようになったのを見て笑っていた古参兵から、戦場に出られる一人前の兵士になったと認められ、「もうポケットに手を突っ込んで歩いてもいいぞ」と声を掛けられていた姿におぞましいものを感じた。戦争を遂行することによって拡大再生産されるものは、“憎しみの連鎖”だけではないということだ。そういう古参兵たちを率いて君臨する大佐が自ら率先して新兵をぶちのめす士官室の机に、愛する妻子の姿を収めた卓上写真が載っていることに何らの矛盾がない人間なるもののおぞましさを描き出している点で『炎628』に匹敵すると感じた次第だった。

 地元紙での作品紹介の紙面に「テロとの戦い」を名目にチェチェンで十七年前に何が行われていたかを垣間見ることは、今の時代に生きる者にとって、とても大事なことだ。アカデミー賞5冠に輝いた『アーティスト』['11]の監督ミシェル・アザナヴィシウスが製作/脚本/編集も併せて担った渾身作を是非ご覧いただきたいと記したが、七十年近く前の映画と同名タイトルの作品というものを、敢えて十七年前のチェチェンに舞台を移して作り手が何ゆえ撮りあげたのか、心しないといけないような今の時代になってきている気がした。




推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=3700229&id=1942157925
by ヤマ

'16. 6.18. 高知市文化プラザかるぽーと大ホール



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