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フィンランドの名匠「アキ・カウリスマキ監督特集 ~社会の底辺に生きる人々の人間性回復力~」
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久しぶりにアキ・カウリスマキの映画を観たような気がする。僕が彼の作品を初めて観たのは、'91年の新宿シネマスクエアでの『マッチ工場の少女』&『スルー・ザ・ワイヤー』なのだが、'90年代には高知の自主上映でも持て囃されていて、かなりの作品が上映され、カウリスマキ・ファンを熱心に表明する女性客を数多く見かけたものだった。だが、高知では恐らく初上映となる長編デビュー作からの4作品と、高知では自主上映によってかつて公開された初期の代表作とも言うべき2作品という貴重な観賞機会だったのに、もはや忘れ去られたかのように、いささか淋しい客足だった。そこに二十年の歳月の流れを感じないではいられなかった。 初日に観たAプログラムの長編デビュー作『罪と罰』は、フィンランド映画なのに、シューベルトの『セレナーデ』を英語で歌うオープニングと、原作のラスコーリニコフが老婆殺害に使った“斧”で虫を真っ二つにするカットで始まった『罪と罰』は、第1作から既にカウリスマキが自らの文体を構築していたことを窺わせる実に興味深い作品だったように思う。 『カラマリ・ユニオン』は、何のユニオンだか知らないが、誰も彼もが互いをフランクの名で呼び合う実にヘンな映画で、これまたカウリスマキ作品らしい飛躍ととぼけたハズシのオンパレードだった。若い頃の尖がり具合がよく出ていて何だか可笑しかったが、少々倦んだりもした。 二日目に観たBプログラムの2作品は、長編3作目と4作目のカップリングだった。特に『パラダイスの夕暮れ』については、アキ・カウリスマキ作品で僕の最も好きな『真夜中の虹』['88]のテイストがあって、なかなかの味わいだった。 その味わいとは、拙著『高知の自主上映から~「映画と話す」回路を求めて~』に記した「映画の中で描かれる感情ではなく、映画自身の持つ感情」(P36)として、「描写によって表現される登場人物たちの感情があまり描かれない、つまり、観客が移入したり共有したりする対象としての感情描写がないのに、観客みずからの内に、ある種の感情が呼び起こされるということです。それは、どの登場人物の感情でもありませんから、映画作品そのものの持つ感情であるということがわかりやすい形で伝わってくる」(P37)と綴った感じのことだ。 本作でも、リアルさということでは、むしろ不自然を感じさせるような無表情や視線のハズシが頻出していたように思う。また、画面の色合いそのものも、四半世紀前に観た『真夜中の虹』の残している印象にとても近かった。そして、主人公が留置場で知り合い、就職口の世話をしてやった男の見せていた厚情がなかなかよかった。 続いて観た『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』は、その名の通り、ハムレットをフィンランドのビジネス界に翻案した作品で、オフィーリアの溺死をバスタブへの入水自殺に仕立てていたシーンが目を惹いた。初期の4作品のうちの2作品が、文豪ドストエフスキーやシェークスピアの看板作品の翻案ものだったことは全く知らずにいたので、非常に興味深かった。個人的にも有意義で刺激的な、なかなかありがたい特集上映だった。その一方で、こういった作品のラインナップで特集上映の副題を「~社会の底辺に生きる人々の人間性回復力~」にしてしまうのは、どうなんだろうとの疑問も湧いた。 初日に観た『カラマリ・ユニオン』こそは、何で食っている連中やら知れぬ不審人物たちだったものの、『罪と罰』の主人公は食肉センターの解体作業員という定職従事者で、『パラダイスの夕暮れ』も、ごみ収集車の運転作業員という定職従事者で英語の語学教室にも通っている男だし、『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』に至っては、王家ならぬ企業オーナー一族の話なのに、何を以て“社会の底辺に生きる人々”といい、何を以て“人間性回復力”と捉えているのか、はなはだ意味不明だった。 知人がカウリスマキについて「ちょっとクスクス、少し憂鬱、意識しない過激さ」というコメントを記していたが、このほうが副題としても、遥かによく今回のプログラムの作品群を捉えている気がする。今やかつての人気を失い、忘れられかけている作家となっているようなら、彼を知らない若い世代に対しては、アキ・カウリスマキが実に個性的な“文体の作家”であることへの着目を促してほしかったと思わずにはいられなかった。 県立美術館公式サイト:https://moak.jp/event/performing_arts/post_45.html | ||||||||||||||||||||
by ヤマ '16. 2.13~14. 美術館ホール | ||||||||||||||||||||
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