『ダラス・バイヤーズクラブ』(Dallas Buyers Club)
監督 ジャン=マルク・ヴァレ


 日本で薬害エイズ事件が起こっていた頃、アメリカでも同じような製薬会社の横暴が人の命を食い物にしていたんだなぁと、医師や許認可行政庁の加担の部分も含めて、その相似性に感嘆しながら、ロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)というのは、やはり日本には現れ出ないアメリカらしいキャラクターだと改めて思った。

 映画作品としては、米版薬害エイズ事件の描出とロン・ウッドルーフなる稀代の人物の描出のどっちの面からみても、妙に中途半端な感じが否めなかったが、アカデミー賞の主演助演W受賞とのマシュー・マコノヒーとジャレッド・レトーの演技は、圧倒的だった。

 トランスジェンダーのエイズ患者レイヨンを演じたジャレッド・レトーは、蜘蛛女のキス['85]のウィリアム・ハート以上だと思ったが、それ以上に圧巻だったのがマシュー・マコノヒーで、2000年代のロバート・デ・ニーロとして、本作が『レイジング・ブル』['80]に匹敵する作品として記憶されるような気がした。

 単に、病に侵された痩躯を体現していたからではなく、目つき眼差しが凄かった。死を見つめ、医療の不当さに憤激し、正気と狂気の境界で常軌を逸した“暴挙とも快挙とも言える活動”に邁進する男の姿に、生半可でない迫力とスリリングな活力を宿らせていて、実に見事だった。シャーリーズ・セロンのモンスター['03]と合わせ、病的なまでに“驚異の役者魂”を発揮したトップ3とも言うべき作品だと思った。

 それにしても、余命30日を宣告されながら、7年生き延びたロンは、HIV感染をしたことで罹患以前とは全く異なる人生を歩むこととなったわけだが、是非もないことながら果たしてどっちが幸いだったのだろう。先ごろ読んださよなら渓谷の最後に出てきた……あの事件を起こさなかった人生と、かなこさんと出会った人生と、どちらかを選べるなら、あなたはどっちを選びますか?新潮社刊 単行本 P199)との問い掛けを思い出した。脚本を書いたクレイグ・ボーテンは、'92年にロンに会ったことがあるようだが、さすがに『さよなら渓谷』の渡辺記者のような不躾な質問はしていないことだろう。

 より生きる甲斐のある人生というものが何であるのかは、おそらく誰にとっても永遠の謎で、いつだって隣の芝生が青く見え、ここではないどこかに別の『LIFE!』['13]を求めてしまうのも、それゆえのことなのだろうが、ロンは決して求めてHIV感染したわけではなく、また、求めて社会活動に携わったわけでは決してないところが印象深かった。求めて開ける人生よりは、行き掛りのなかで生まれる人生の姿のほうに真実味も現実味もあるような気がする。三十年前に『ガンジー』['82]を観て得た感慨のことを思い出した。




推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2014/2014_04_28.html
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20140301
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1922821685&owner_id=3700229
by ヤマ

'14. 4. 8. TOHOシネマズ8



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