『おおかみこどもの雨と雪』
監督 細田守


 面白くは観ながらも、どこか落ち着かない気持ちの悪さが終始付きまとっていたような気のするサマーウォーズのせいでパスしようかと思っていたら、『サマーウォーズ』を期待する向きには気に召さないかもしれないとのつぶやきを目にして、やおら観る気になった。確かに『サマーウォーズ』とは違って、断然いい。

 子供を育むということがどういうことなのか、子供を育てる力というものが何から湧いてくるものなのか、一片の能書きもなく綴られた画面で大いに納得させられ、深く感じ入った。厳しい生活をしているはずなのに、親子三人で笑う場面がふんだんに出てくる。家族で一緒に笑うのは本当に大切なことだと改めて思う。そして、懸命に生きている姿を誠実に見せていれば、子供というのは間違いなくきちんと育つものだということを改めて思った。

 両親が揃っていないだとか、経済的に困窮しているだとかが決定的ではないし、必ずしも学校に行かなくても、きちんと自分の世界を見つけて独り立ちすれば、雨くん(声:西井幸人)のように12歳に満たなくても、大人になるわけだ。大人とは、つまりそういうことであり、我が子が大人になったことをきちんと認めてやることができるか否かが子育ての最後に問われることであることを、花(声:宮崎あおい)が、とても美しく切なく見せていて心打たれた。

 精々でたしなめるくらいで花が怒ったり声を荒らげる場面は一切なく、人目を避けて始めた田舎暮らしのなかで韮崎の爺さん(声:菅原文太)から厳しい言葉を掛けられても、いつもニコニコしているものだから「気に入らない」などと憎まれ口を叩かれるのだが、我が子のみならず誰に対しても暖かい陽射しのような微笑みを振りまいていた花は、子供の名前が雪と雨なら、晴れの太陽のような存在だったように思う。言うなれば、理想化された女性像でもあって、そこに同性として反発を覚える女性客もいるかもしれないと思えるほどだった。だが、唯の一枚も紙焼き写真がなく遺影写真として立て掛けてある免許証を見つめる場面が何度も出てくるのは、苦しければ苦しいほど、自ら笑みを発する太陽たらねば自分自身が持たなくなるからであろうことが偲ばれ、ただの善良さとして理想化されているわけではないことの窺える納得感が、そのような反発を未然に防いでいたような気がする。この種のしなやかな靭さというのは、やはり女性ならではのものだという気がしてならなかった。

 そして、雪との対比のなかで、概して女の子より虚弱に生まれてくるからこそ、強くなることを主題として負っている“男の子の育ち”というものについて、雨くんとともに草平(声:平岡拓真)を配することで、男の子らしさというものが失われつつある時代に対し、一家言申し立てているようなところもあり、気持ちが良かった。彼の雪(声:黒木華)に対する終始一貫してぶれのない態度は、それこそがダンディズムの一要素でもあることを示唆していたような気がする。「獣臭い匂いがする」という言葉は、おそらく動物好きでもあったろう草平においては、なんの悪気もない言葉だったのだろうが、女の子に対しては、ある意味、取り返しのつかない言葉でもあったわけで、以来、変調を来した雪に対し、終始一貫して誠実に向かうなかで次第に好意をも抱くようになっていっている様子に非常に納得感があり、また、その節度と誠実さの有り様に心打たれた。

 常々僕は、アニメーションなればこそ超えられる“リアリズム不問”というものがあるような気がしているのだが、絵柄そのものは極めて精緻であっても、そこのところの本質は変わらないように思う。本作は、実写かと見紛うような雨や花の描き込みをしたうえで、描画アニメーションの美点を些かも損なっていないように感じられたのだが、二年前に観たカラフルは秀作ながらも、そのあたりのバランスが少し崩れていたのだろうとも思った。本作には、実写版で見せてもらいたい気持ちを些かも誘発されなかった。



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by ヤマ

'12. 7.28. TOHOシネマズ2



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