『人生に乾杯!』['07](Konyec)
『ル・アーヴルの靴みがき』['11](Le Havre)
監督 ガーボル・ロホニ
監督 アキ・カウリスマキ


 社会の高齢化は、地球の温暖化とともに世界共通の今世紀最大の課題なのだろう。同じ欧州でも前世紀においては随分と異なる社会事情を抱えていたはずのハンガリー、フィンランド、フランスから、期せずして相通じる“高齢男によるダンディズム復権”とも言うべきものの込められた作品を続けざまに観た。女性に押されっ放しというのは、どうも我が国だけのことではないようだ。だから、こういう作品が登場してきているような気がしてならない。


 先に観た『人生に乾杯!』は、ボニー&クライドも70歳と81歳になれば、こんなにユルくても、それが却って味になるという風変わりな作品で、アメリカン・ニューシネマの『俺たちに明日はない』['67]を想起させられた。

 エミル(エミル・ケレシュ)の愛車チャイカとヘディ(テリ・フェルディ)のダイヤのイアリング、どちらも彼らの誇りの象徴なのだが、窮乏生活のなか夫婦の間で処分のハネ掛け合いをするのは、実際に処分する気はないことが前提の痴話喧嘩のようなものだから、別にどうということもないのだが、本当にそれを奪われてしまう事態を引き起こすと、もはや明白に“明日がない”年齢の彼らだけに、怖いものなど何もないというわけだ。他方で細々と年金を与えつつ、他方で取立てをしていくというお国のやり方に晒されながら、その執行官に対し、妻ヘディがくだんのダイヤのイアリングを自分の目の前で差し出す姿に手出しもできず見過ごすしかないでいるときのエミルの情けない苦衷の滲み出た表情がなかなか効いていたように思う。そこで思いつきと勢いだけの強盗という愚挙に打って出るわけだが、素人のくせに妙に余裕綽々のダンディぶりを発揮しつつ、妻に「かっこいい!」と言わせながら強盗劇を繰り返すところが、トボけている感じで笑えた。後がない人を怒らせるとコワいことに、年齢も性別も関係はない。窮鼠は猫だって噛むのだ。

 また、非常に興味深かったのが、ハンガリー映画なのに東欧色がほとんどなかった点で、今世紀に入ってのアメリカン・グローバリズムの凄さというか席巻ぶりに、唖然とした。TV番組は、クイズミリオネアにしろ、事件報道のスタイルにしろ、51番目の州などと揶揄される日本ともほぼ全く同じ風情だったし、ビリヤード台に仰向けになった刑事に跨って交わっていたヌードダンサーのパンパンに張って揺れもしない人工色満点の巨乳にしても、何だかとてもアメリカンな感じがした。


 その三日後に観た『ル・アーヴルの靴みがき』は、フランスに流れ込むアフリカ難民の問題を素材にしている点では、半年前に観た君を想って海をゆく['09]を想起させる作品で、それなら断然『君を想って海をゆく』のほうが優れているように思ったが、カレーの街とル・アーブルの街の関係を知れば、また違った面が見えてくるのかもしれない。

 目に留まったのは物語よりも専ら例によってのアキ・カウリスマキ節のほうで、その相変わらずぶりに呆れつつも感心していた。ドラマとしての展開のなかで、観る側に生じてくる「なんで?」という部分には尽く徹底して応えず、全く説明をしない。普通なら、こう展開するはず的な映画の常套は、必ず外してくる。人生には何が起こっても不思議はないし、人の心が変化するのも何ら珍しいことではなく、言うことやすることがちぐはぐでも、その場限りでも、それが人間らしさの証になることはあっても、一貫性を欠くことが非人間的なわけでは決してない。それだから、マルセル・マルクス(アンドレ・ウィルム)の義侠を契機にみんなが相乗的に善良化していき、知事の勅命を受けていた警視(ジャン=ピエール・ダルッサン)までもが捜査員に「君は階級というものが分かってないな」と言いながらイドリッサ少年(ブロンダン・ミゲル)の潜む船倉の蓋に腰を下ろしていいとこを持っていってしまい、結局、密告者(ジャン=ピエール・レオ)だけがワル目を一手に負った人物造形になっていたわけだが、彼とても、なにゆえ執拗に難民告発に勤しむのかという理由はヒントすら示されずに、ほぼ全面的に観客の側に委ねられている。

 これがアキ・カウリスマキ流とも言うべき作法で、これでもって想像力が刺激される練達の鑑賞者や説明がなくとも丸呑みできるカウリスマキ愛好者には、これこそが醍醐味となる省略と言えるのだが、そこまでフィットしない観客には、やはり戸惑いを与えることになると思う。それにしても「心をみがけば、奇跡はおこる。」などというキャッチコピーを、映画のあとでチラシに認めたときには思わず失笑してしまった。少なくとも、そのような作品じゃないという気がする。

 マルセル・マルクス爺さんのダンディぶりは『人生に乾杯!』のエミル爺さん以上で、カウリスマキ得意の一輪の花が赤や黄色と色とりどりに出てきて、妻アルレッティ(カティ・オウティネン)に差し出されていた。そう言えば、最初のほうで映っていた大型船の船名、もしかすると真夜中の虹['88]の最後に出てきた船の名前と同じだったりするのだろうか。



*『人生に乾杯!』
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1209630160&owner_id=3700229

*『ル・アーヴルの靴みがき』
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20120515
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1847645109&owner_id=3700229
推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/12072908/
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2012/2012_07_16.html
by ヤマ

'12. 7.24. 美術館ホール
'12. 7.27. 喫茶メフィストフェレス3Fホール



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