『ツレがうつになりまして。』
監督 佐々部清

 宮崎あおいと堺雅人のコンビは、NHK大河ドラマ『篤姫』でもそうだったが、絶妙によろしくて、醸し出している空気感に、何とも響いてくるものがある。加えて、余貴美子の演じた母親がゴールデン・スランバー伊東四郎の演じた父親ばりによくて、夫婦や親子といった家族の絆の掛け替えのなさに打たれたが、うつを病んで帰郷した後に自殺した青年を悼む床屋夫婦(大杉漣・余貴美子)や結婚同窓会に集う人々の姿、幹男(堺雅人)が退社した後で倒産した外資系企業での元同僚たちとのその後の邂逅などを織り込むなかで、夫婦親子に限らぬ“人と人との絆の有難味”が沁みてくる作品になっていたように思う。観終えた後に『ゴールデン・スランバー』のことを僕が思い出したのは、それゆえだった気がする。

 人が生きていく力を得ることにおいては、うつになった幹男が「僕などいなくなったほうがいい、要らない人間なんだ」としきりにぼやいていた“必要”こそがポイントなのだろうと改めて思った。自分が必要とされないように感じることの苦しさは同時に、必要を感じてもらえることの喜びと裏腹のもので、そういったものを交換・共有できる関係こそが、人にとっての生き甲斐に他ならないのではないかという気がする。そして、それは家族のみに対して閉じられたものでは決してないように思う。

 大切に思う人に対する心の向き方の問題であって、まさに“ツレが鬱になった原因”ではなく“ツレが鬱になった意味”を考えるようになったと言って母親から褒められていた晴子(宮崎あおい)が、病んだ夫との関わりのなかで自分の答を見事に見つけ出していた部分に描かれていたように思う。そのことを率直に披露していた教会での結婚同窓会の場面がなかなかよくて、素直に感じ入ることができた。

 本作にも出てきた「うつは心の風邪」という言葉は僕もかねてより聞いたことのあるもので、誰でもなるおそれがあると同時に、治療薬がなくて対症薬しかないというような意味であって、わりあい簡単に治る病気ということではないのだが、「誰にでもなるおそれがある」とされているにも関わらず、僕をよく知る誰しもが家族すら含め、口を揃えて僕には縁のない病だと言うものだから、却って気になっているという妙な病気でもある。基本的に真面目で几帳面な人がなりやすいとされているこの病気が僕には縁がないと断言する人々の根拠は、僕が不真面目でだらしない人間だからというのではなく、むしろ真面目さと几帳面さを僕の自覚以上に受け取りつつも、それらの誘因を上回るものとして、僕にはストレスがないように見えるからだと言う。そんなふうに見られることの全てが嫌なわけでは決してなく、多少は自負する部分もあるのだけれども、あまりにタフに見られることは、そのこと自体がストレスになるものだという不満があったりもする。

 なまじ強そうに見えるものほど却って脆く、決して靭くはないものだというのは、物事の道理であり真理だと僕は思っているのだけれども、なかなかそうは映らないらしい。たまたま僕が幸運にも“靭さ”を試されずに済んできただけであって、ある意味、不慣れなぶん余計に脆いのではないかとの不安さえある。仮に自身の分析が当たっていたとしても、やはりそうだったかとの確証が得られるような自分の脆さに直面する事態を迎えたいとは決して思わないけれども、今までに出くわさなかったから今後も大丈夫というよりは、むしろ不安のほうが強い。今まで出会ったことのない未知なる自分に出くわすおそれというのは、五十年余りの人生を重ねてきていたところで、その可能性を減じる何の保証になるものではない。

 しかも先頃、僕にとっては、かなりエポックメイキングな出来事に遭遇したばかりで、自分のできることを対処した後は素早く切り替えのできるほうだった僕が、どうも頭から離れなくて何事にも集中力を欠いてしまっているように感じ、かなり当惑しながら引き摺っていたりしているから尚更だ。幾つになっても新しい自分には出くわすようで、人生、なかなか侮れないものだ。そうなってみると、けっこう為す術がなく困った状態になり、不調感に見舞われるものだと知ったのだが、その不調感の重さよりも難儀なのは、実は“尾を引いている感じ”のほうだ。

 それで言えば、幹男が見舞われた病には完治というのはないらしいから、今後もずっと生涯付き合っていかなくてはならないわけで、途轍もなく尾を引くことになるのだろう。だが、いみじくも晴子が語ったように“原因”ではなく“意味”のほうに目を向ければ、どんなにつらいことでも、それにより得られた掛け替えのないものが、少なからずあることに気づくことができるのだろう。そちらのほうに目を向けられるようなサポートが得られないと叶わないことなのかもしれないが、事態それ自体には、その可能性が確かにあるということを知っているのかいないのかの違いは、侮れないくらい大きいのかもしれない。



参照テクスト:MIXIコメント編集採録


推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20111016
by ヤマ

'11.10.11. TOHOシネマズ5



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