『東京公園』
監督 青山真治

 これまでに『EUREKA ユリイカ』レイクサイド マーダーケース『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』『サッド ヴァケイション』と観てきた僕のなかで、ある種のスケール感や観念性を映画に求めてきているような印象のある青山真治作品にしては、随分こじんまりとした小品で、えらく日常性の側に寄り添った映画だったが、思いのほか興味深かった。

 連れ子同士の義理の関係にある志田姉弟(美咲:小西真奈美/光司:三浦春馬)の間における異性意識の問題にしろ、妻の頻繁な外出に不倫疑念を抱く夫と内心おそらく抱えていたはずの屈託を表だった非行のない夫に告げられないでいたであろう妻の初島夫妻(高橋洋/井川遥)にしろ、若くして死に別れたヒロ(染谷将太)と美優(榮倉奈々)の想い切れない互いの喪失感と再出発の問題にしろ、真っ直ぐに見つめる即ち“向き合うこと”こそがキーワードになっていたと思われる作品を観ながら、僕は、幽霊のヒロが“けじめ”という言葉を口にしていたのを聞いて、この幽霊の設えは脚本における青山監督の創作で、原作にはないものではないかという気がした。

 スケール感や観念性志向の側面だけでなく、作品のタッチそのものがこれまでの作品と異なっていて、遊び心やユーモアを衒いなく表出している様相に、もしかすると本作は、青山監督による“作家性という呪縛からの解放”を求めた宣言というものをヒロの存在に仮託した作品ではないかという気がしたのだった。

 出口のない渦のような想いのなかに囚われつつ、問題そのものを直視することを避け、その周辺をぐるぐる回っていたのは、作中の登場人物たち以上に自分自身だったという想いが脚本・監督を担った青山真治のなかにあったような気がしてならない。ヒロの遺品であるデジタルカメラを光司から贈られ、これを持ってまっすぐ目を向けて自分で撮ってくださいと言われるとともに、妻の公園巡りが渦巻の形になっているとの指摘を受けたことで、初島が夫婦の馴れ初めに繋がるアンモナイトのことを思い出す。そして、その公園巡りの方向が巻貝の口のほうへ進む向きになっていることへの気づきによって、そういった感情の渦に巻き込まれ嵌まっている状態から、逆向きに抜け出す契機を得るに至っていた。この顛末を観た後で、成仏できずに留まっていたヒロの魂が一粒の涙を残して、光司の前から姿を消す結末に、作中の人物の心情以上のものが宿っているように感じられた。

 美咲のうちには自覚とともに、また光司のうちには漠とした形で、深く滞留するように巣くっていたと思われる互いへの異性愛の感情についても、敢えて直面させ共有したうえでの儀式を交わすことによって、ようやく一定の“けじめ”をつけることが出来るようになったということなのだろう。美咲の職を辞した離島への旅立ちというのは、つまりはそういうことであり、エンディングで光司がようやく美優にきちんと向かえるようになっていることを予感させていたのも、ヒロの幽霊が姿を消すことのみならず、義姉と交わした儀式によって“けじめ”をつけ、初島から請け負った仕事をやめることにした顛末があればこそのものだったように思う。本作が、青山真治の再出発を宣言した作品であるように感じられたことには、そういった事々の重なりによる駄目押しが作用していたような気がしている。

 本作は、三年前から「えいネ〜(高知県映画上映団体ネットワーク)」が行っているシネマの食堂の今年のメニューのメインディッシュの一つとして上映されたわけだが、今年の“シネマの食堂のキャッチコピーは「監督来店!」で、そのとおりに舞台あいさつが添えられていた。しかし、当然ながら上映前に多くを語ることはなく、僕が受け止めたものについては、お誘いの掛かっていた懇親会の席で訊いてみることにした。

 最終回の上映を終えてからの宴席は午後十時始りで、別の店で先に接待を受けていた青山監督は、既にかなり酔っていたのだが、さすがに“作家性という呪縛からの解放”の部分について単刀直入に問い質すのは気が引けて、前段のヒロの幽霊というのは、原作にはなかった部分ではないのかと訊ねるとそのとおりだと答えてくれた。そこで、ヒロが口にした“けじめ”という言葉がとても印象深く、真っ直ぐ向き合うという本作のキーワードとも相まって、ヒロに監督自身を仮託していたように感じたのだが、と重ねると「やっぱり自分自身のことしか語れませんからねぇ」と答えてくれた。

 それが僕の察知した“作家性という呪縛からの解放”に繋がるものであったのかどうかは、初対面でそこまで立ち入るのも憚れて差し控えたが、おかげで次回作が大いに楽しみになった。



推薦テクスト: 「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/archives/283
推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1739988799&owner_id=4991935
by ヤマ

'11.10. 4. 美術館ホール



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