【午前十時の映画祭】
『ハスラー』(The Hustler)['61]
監督 ロバート・ロッセン


 名のみぞ知りつつ観る機会を得ていなかった映画で、僕が三歳のときの作品だ。ポール・ニューマンがやたらとかっこいいけれど、物語的にはさほどのものではないと仄聞していたのだが、人物像に思いのほか深みがあって、なかなかのものだと思った。同じ【午前十時の映画祭】で先ごろ観たばかりの『夜の大捜査線』が、黒人刑事ティッブス以上にギレスピー署長の人物造形に妙があったように、本作では、サラ(パイパー・ローリー)の謎めいた人物像が絶妙で、とても触発力に富んでいたように思う。

 彼女がエディ(ポール・ニューマン)に語った「姿を消した金持ちの父親が今だに毎月小切手を送ってくる」というのは嘘だと僕は思うから、彼女の自殺の顛末と最後の場面に大いに納得している。やはり彼女の稼業は売春だったのだろう。巧妙な策略でエディの腕前を75%もの取り分で操れる運びを得ていたバート(ジョージ・C・スコット)なればこそ、エディに「そこいらにいるギャンブラーたちと貴方は違う。」と吹き込み、裏社会の稼業とは異なる道を歩ませようとするサラが邪魔者になったのだという気がする。「正体をばらすぞ、売春婦のくせして」とでも言って脅しをかけたから、パーティの席でサラからシャンパンを浴びせかけられたのではないかと感じた。台詞としては聞こえない形でサラの耳元でバートが何か言ったのは、そういうことだったのではなかろうか。

 ところが、サラはそんな脅しには屈せず、バートたちがわざわざ遠征までして稼ぎに来た金持ちとの勝負の場にまで現れて、荒稼ぎの段取りを危うくさせるものだから、バートも強硬手段に出たのだろう。「貴方はお金だけじゃなく誇りも根こそぎ奪い取るのね。」と言いながら「こういうお金はベッドに投げ置くものよ。」と自嘲した金が単なる手切れ金ではなかったからこそ、サラは下着姿になったのだろう。僕は、その時点でサラには死の決意が生まれたのではないかという気がする。つまり、バートの口を封じることに一縷の望みをかけて身を挺したのではないということだ。ただ死ぬのではなくバートに身を売らされたうえで死ぬ形を取ることで、エディをバートから引き離せる可能性を高めようとしたような気がしてならない。それが功を奏する形でエディに及ぶか否かは名うてのギャンブラーたちも舌を巻くほどの大博打だったというわけだ。

 裏社会を知悉しギャンブラーとしても凄腕で、人の心を読み取ることに長けているバートでさえも、彼女のエディに寄せる思いがそこまでのものであることには想像が及んでいなかったのだろう。サラの捨て身の策にまんまと嵌るわけだ。「三年前から住んでて何も変わらなかったものがこの三日で全て変わった。」とエディに語ったサラの出会いは、彼女に本気で今の境遇からの抜け出しを試みさせたから、酒浸りの生活を止めて作家を目指した習作に取り組み始めたのだろうと思う。エディを扶養しつつ自活していくための営業日を二日に絞って懸命に人生に立ち向かっていこうとしていたのだと思う。さればこそ、エディの足を引っ張ることにしかならないバートの存在は、何としても引き離さなければならないものだったはずだ。

 「貴方を愛しているの。」と言ったサラに「俺にもそう言って欲しいのか。」と脳天気に返したエディに対し、「そうよ。でも、言葉にしたら取り消せないわよ。」と釘を刺したサラなればこそ、自身の発した言葉のもたらした決意のほどは、バートの読みをも上回っていたということなのだろうが、サラはエディからその言葉を果たして得ていたのだろうか。映画のなかでは台詞として登場しなかったような気がするが、おそらくは得ていたのだろう。だから、彼女は命を懸けてエディをバートから引き離したのだと思う。

 エディがバートに「俺たちが殺したんだ」と言った意味はそういうことであり、エディの造反によって、バートもその意味を解し、サラの捨て身の策略に嵌った自分の“負け”に気づいたからこそ、75%から50%に譲歩した取り分さえも、エディがこれだけは払うわけにはいかないだと拒んだことを受け入れたのだろう。ギャンブルのルールとして負けた者が金を手にすることはあってはならず、サラに負けたバートに金を渡すことはサラの勝ちを葬り去ることに他ならない。バートもエディもその意味が分からない半端者のギャンブラーではないということだ。

 そういうわけで人物造形ということでは、ミネソタ・ファッツ(ジャッキー・グリーソン)もバートもなかなか魅力的だったのだが、やはりサラの哀切がそれらをも上回っていたように思う。対人ギャンブルの真骨頂が心理戦にあるということは、『シンシナティ・キッド』でも麻雀放浪記でも印象深く示されていた覚えがあるが、『ハスラー』に描かれていた場外戦は、それらと同等以上に鮮やかだったような気がするということだ。



参照テクスト:掲示板談義編集採録


推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
https://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/11032703/
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20120108
推薦テクスト:「シネマの孤独」より
https://cinemanokodoku.com/2018/02/19/shoubushi/
推薦テクスト:「TAPthePOP」より
http://www.tapthepop.net/scene/77892
by ヤマ

'11. 3.27. TOHOシネマズ2



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