『ボックス!』
監督 李闘士男

 冒頭のユウ(高良健吾)のナレーションで示されていたとおり“若者が風を感じている映画”は、とてもいいものだ。体育会系を苦手とする僕には例外的な邦画作品がスマイル 聖夜の奇跡['07]、風が強く吹いている['09]に続いて登場したような気がした。かなり趣向が共通しているピンポン['02]とは大きく違っていたのが、カブこと鏑矢義平(市原隼人)とユウこと木樽優紀の幼馴染二人の対決をクライマックスにしていないところだけではなかったように思うのは、ヒーローの部分よりも育ちのほうにウェイトを置いた物語になっていたからだろう。

 絵柄的にもトリッキーな刺激の強い映像は排除していて、『風が強く吹いている』の若者たちの走る姿がとても美しかったのと同様に、ボクシングのフォルムの美しさが鮮やかに捉えられていたように思う。ブタマネこと丸野智子(谷村美月)と同じく、僕も観ていてすっかり痺れてしまった。トレーニングウェアに身を包んで激しい練習をした後、脱いだ裸の背の逞しさと肩の辺りから立つ湯気を捉えたバックショットなど、女性客にはさぞかし堪らないサービス・カットだったのではなかろうか。

 市原・高良・谷村のキャスティングがそれぞれ実に嵌っていて、“若者の育ちの姿の美しさ”が、少々眩しいほどに、とても素敵な作品になっていたように思う。カブちゃんがボクシングから一旦離れて戻ってくる展開は『ピンポン』のペコと同じでも、戻ってきたカブちゃんのボクシングとユウへの向かい方が『ピンポン』とは全く違っていて支え役に回るところに、かなり意表を突かれた。

 顧問の沢木(筧利夫)がユウにあれだけの素質があって、カブがあれほどの男だとは見抜けなかった私は、メガネを掛け直さないといけない。と言っていたように、十代の若者の育ちの速度は、まさしく「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」そのものだ。そして、それが己が鍛錬のみによって得られるものではなく、人との交わりや絆によって育まれるものであるところが沁みてくる作品だったように思う。
 ブタマネとユウちゃんがいなければ、カブちゃんは決して沢木の言う“あれほどの男”にはなれなかったわけで、そういう意味では、おそらく『風が強く吹いてくる』のハイジにも、カブちゃんにとってのユウとブタマネがいたのだろう。

 支え役に回るカブに意表を突かれたのは、それは市原の役どころではない気がしたからだが、本作では彼のそういうかっこよさを打ち出すのかとの納得感もあったのは、ユウに高良を配していたからだと思う。谷村美月の物語からのあっけない退場にも意表を突かれたのだが、そういった話の運びや演出が僕の波長に合ったからか、三人の若者の生きざまに何度もぐっと来て少々困った。

 おやおやっと思ったのは、幼馴染の二人が小学低学年の頃の回想場面でカブちゃんがユウちゃんを元気づけるときにする仕草が往年のTVドラマ『仮面の忍者 赤影』の青影がする「だいじょうぶィ」の仕草だったことだ。あれは、作り手のお遊びの部分なのだろうが、僕の歳だとたちどころに判るから、思わずほくそ笑んだ。時代的不一致など、言うまい言うまい。
by ヤマ

'10. 7. 2 TOHOシネマズ6



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