『風が強く吹いている』
監督 大森寿美男

 このところ続けて観た一所懸命さが観応えの邦画三作品『僕の初恋をキミに捧ぐ』『僕らのワンダフルデイズ』『風が強く吹いている』では、体育会系を苦手とする中高年の僕としては、本来、満足度が『僕らのワンダフルデイズ』>『僕の初恋をキミに捧ぐ』>『風が強く吹いている』の順になりそうなのに、ちょうど逆の順になった。

 カケル(林遣都)の走る姿が美しく、ハイジ(小出恵介)の紡ぐ言葉が美しく、寛政大学陸上部の10人の織り成す物語が美しい。何だかとても美しく気持ちのいい作品で、出会いというものの掛け替えのなさをしみじみと感じた。体育会の美点の全てが凝縮されていたような気がする。

 遠い日の学生時分、僕は、周囲からプロになるつもりかと冷やかされるほどに麻雀に耽っていたのだが、二十歳前のあたりからモチベーションが急激に下がってしまい、集中力という形に結実させる“気力”というものを維持できなくなったことがある。それでもそれなりに、習いが性となった手練加減で牌をつまんだりしていたのだが、あるとき、僕の麻雀を「ホントに巧いね。」と評され、それに対して「巧いと褒められるようになっちゃお終いだな。強いと言われなきゃもうダメだね。」と自嘲したことがある。だから、ハイジがカケルに「長距離選手に対する、一番の褒め言葉は何だと思う?」と問い掛けて「速い…?」との答に「俺は“強い”じゃないかと思う。」と言った台詞が大いに響いてきたのだが、走ることに留まらないハイジの“強さ”に心打たれる作品だった。その強さは、映画のなかでは詳しく語られなかったハイジの挫折が彼にもたらしたものであることが偲ばれたが、強さというものを、傍にいる者を惹き付ける人間的魅力にできる器の大きさというのは、容易なことで得られるものではないから、ハイジが過ぎし日の挫折後をどう過ごしたのかが大いに気になった。

 映画のなかでは、ハイジの“挫折による成長”とカケルの“出会いによる成長”というものが対になっていたように思うが、畢竟、人間の成長というものは、その二つによることが最も多いような気がする。そして、その機会は、やはり若いときに得ておくべきものだと強く思う一方で、二十歳前後のときに、これだけ濃密な時間を過ごしてしまうと、残りの人生がピークを下ってばかりのものになりかねないリスクも負うのだなとも思った。そういう意味では、『僕の初恋をキミに捧ぐ』の繭(井上真央)にとっての逞(岡田将生)との恋にも同じことが言える。

 だが、幸いにも人間には、忘却力という生き永らえるうえで必須とも言える卓抜した能力が備わっていて、その後の人生を脅かす形で作用してくることがあまりないように、生々しさを削ぎ落としていくよう巧く働いてくるとしたものだ。『僕らのワンダフルデイズ』のバンド“シーラカンズ”のメンバーにとっての嘗てのワンダフルデイズは、その後の彼らの日々を脅かすものではなくて、いざとなったときを再び“僕らのワンダフルデイズ”にしてくれる可能性を秘めた掛け替えのない時間として、生涯の財産になっていたように思う。寛政大学陸上部10人にとってのワンダフルデイズとなるのは間違いない。強く吹いてくる風は、手応えでもあるわけだ。

 そんな『風が強く吹いている』が数多あるスポーツものの作品群のなかでも一頭地抜きん出ているように思われたのは、彼らが目標を達成することを第一義として向かっているようなありがちな撮られ方がされていない点にあったように思う。

 “何かのため”ではなく“好きだから”が一番の動機として、掛け値なしに強く印象づけられるところが、実に気持ちいい。カケルは、走ることが好き。みんなはハイジが好き。それらが本当の動機となって練習を続けているように見えた。そして、それと同時に、リーダーシップというのは、「好き」とか「したい」というパッションで発揮できるものではないこともきちんと描き出されていて、十人のなかでハイジ一人だけが「好きが一番の動機」では片付かないものを持っていることが窺える人物造形が果たされていたことが、巧く作用していた気がする。また、コミカルな味付けにも幅広い年代を捉える工夫が施されていて、五十歳を過ぎる僕などは、漫画オタクの王子(中村優一)が、ニコチャン(川村陽介)が禁煙の苦しさから針金で煙草を縛っているのを観て「力石だ」と呟いたのが何とも嬉しく可笑しかった。



参照テクスト:三浦しをん 著 『風が強く吹いている』読書感想


推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20091114
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1330610036&owner_id=3700229
推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1403678461&owner_id=4991935
by ヤマ

'09.11.14. TOHOシネマズ2



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