第161回市民映画会
『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』(Crossing Over)
『サンシャイン・クリーニング』 (Sunshine Cleaning)
監督 ウェイン・クラマー
監督 クリスティン・ジェフズ


 どちらの作品も共に、アメリカ社会での生き難く厳しい状況を生々しく捉えながら、そのなかで殺伐にだけ向かうのではない人間の在り様に情を感じさせつつも、社会問題の難しさというものに改めて思いを馳せさせるような秀作だった。


 『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』では特に、“不法滞在者”にさまざまな人種を含めていたことと、国境を設けて入国管理して取り締まる権力を幾種も示していたことに感心した。
 前者についてだけでも、若く貧しいシングルマザーのメキシコ人工場労働者ミレヤ(アリシー・ブラガ)、ミュージシャンとしての成功を目指しながらマネージャーのコネで小学校の臨時教員の職を得た南アフリカ出身のユダヤ人青年ギャビン(ジム・スタージェス)、観光ビザで入国しハリウッド女優を目指してコネクションづくりをしているオーストラリア出身のクレア(アリス・イヴ)、不法滞在者の収容施設で暮らしている黒人の孤児少女、革命前に資産を持って出国し息子たちを社会的権力を有する側の職に就かせることにもビジネスにも成功して豪邸に住みながら帰化を終えていなかったイラン人のバラエリ一族の長、入国後に生まれたことで市民権を持つ二人の子供と幼い時に連れて入国したために市民権を持っていない長女タズリマ(サマー・ビシル)を持つバングラデシュ出身の中流イスラム教徒のジャハンギル一家、十代の息子が二人いて韓国街でクリーニング店を営むコリアンの四人家族のキム、と実に多彩だ。
 後者については、邦題の副題にもなっている移民税関捜査局の捜査官として密入国者や不法滞在者を現場で逮捕し取り締まるマックス(ハリソン・フォード)、彼の同僚で同じくI.C.E.特別捜査官ながらイラン移民のバラエリ一族の息子でもあるハミード(クリフ・カーティス)、不法滞在者にとっては手の届かない宝物とも言えるグリーンカード発行の判定権を持つ行政官コール(レイ・リオッタ)、密入国のイスラム過激派を追っているFBI捜査官、といった人物が登場する。

 それによって、越境という原題を『正義のゆくえ』とした邦題に相応しい含蓄を備えているように感じられた。人種・性別・年齢も様々な“不法滞在者”の見舞われる処遇もまた様々で、彼らの運命が何によって左右されていたのかを思うと、よく人の口の端にも上る“社会正義”なる言葉の根本は何であるべきなのかということが実に心許ないものであることが、おのずと浮かび上がってくるような作品になっていた気がする。“社会正義”などというものは、その名の元に主張されるときの看板のようなものであって、社会正義そのものは決して自明のことではない。社会正義を文言化し制度化したものが即ちその社会の“法”だとされるわけだけれども、出入国を管理する法が求める正義のみが正義ではない現実というものが、実に幅広くバランスよく描き出されていたように思う。

 同じ不法滞在者であっても、強制送還と密入国を繰り返すなかで悪質越境業者に殺されてしまう者もいれば、力のある支援者を得て偽りの信仰によってグリーンカードを手に入れる者もいるし、同じく宗教関係でも敬虔な信仰ゆえに逆に国外退去を命じられて家族分断を余儀なくされる者もいた。不法滞在の弱みに付け込まれて身体を弄ばれたあと気に入られて永住ビザの不正発行の代償に二ヶ月間の随時呼び出しの性奉仕を約することになった娘は結局ばれて自主退去となり、偽造ビザの闇稼業に手を染めていた者と不倫関係を結んでいた娘はそのために命を奪われる羽目になっていたし、強盗殺人の一味に加担しながらも目こぼしに預かった者は帰化のチャンスを不意にせずに済んでいた。彼らの運命を分ち違っていたものが“正義”であったとは到底思えなかった。

 社会正義の対照語を何と言うか僕は知らないけれども、仮に“道徳正義”とでも呼ぶとするならば、出入国を管理することで社会正義を果たそうとする制度があるからこそ、いたるところで道徳正義が脅かされるのみならず、悪徳を誘発しているようにも見えた。国境があるから、密入国や不法滞在が犯罪になると同時に、入国管理という権力行使こそが不正や偽装を生み出すわけで、主要な登場人物のうち、I.C.E.特別捜査官のマックスと不法滞在者を擁護する人権派の弁護士でコールの妻のデニス(アシュレイ・ジャッド)を除けば、ほぼ全員が犯罪者ということになるのだが、人物そのものが悪という者は一人もおらず、国境というものの生み出す罪と権力によって、違法と知りつつ欲求に抗しがたく犯罪に手を染めてしまう人間の有り体というものが示されていたように思う。
 そして、そのような視点を浮かび上がらせるうえで最も効いていたのがコールの人物造形だったような気がする。コールという男は、不法滞在者に対する生殺与奪の権とも言えるほどの絶対的な権力を手中にしていなければ、若いクレアに向かって、とてもあのような態度で臨むことができるような人物ではないことが鮮やかに示されていた。最も罪深いのは、各種の犯罪を犯していた人間たちではなく、国境というものなのだろう。I.C.E.特別捜査官マックスは、その罪深さを身に沁みて感じ取っているからこそ、同僚たちから甘いと見くびられるような取締りしかできないわけだが、社会正義の名の元にのみ従事するのではなく、道徳正義をも視野に置いて“正義のゆくえ”を見据えようとすれば、彼のような仕事ぶりになる他ないのだろうと思った。
 強烈さにおいてはボーダータウン 報道されない殺人者には及ばないけれども、メキシコ人工場労働者の問題に的を絞る形にはしなかったことで、より権力に係る本質的な問題提起のされる作品になっていたような気がする。


 併映の『サンシャイン・クリーニング』は、魔法にかけられてでおとぎ話のお姫様だったエイミー・アダムスが年齢相応の三十代半ばであるシングルマザーの掃除婦を演じていた作品だが、ハイスクール時分に誰よりも輝きスターだった美人チアリーダーが、その華を失って後も人生が続いていて、むしろそちらのほうが長い時間を負っていることを“容赦なく且つ温かくという稀有な筆致”で描いた秀作だったような気がする。

 生きることからは無論、ハイスクール時分の同窓生たちの視線からも決して逃げることなく、いずれに対してもむしろ立ち向かっていくローズ(エイミー・アダムス)の姿が、時に痛々しく時に微笑ましく時に嬉しく綴られるのだが、「私の人生、こんなはずじゃ…」などと不貞腐れたりへたり込んだりせずに、死体現場の清掃業を起業していく姿が立派だったことよりも、彼女にとってお荷物なり足を引っ張る存在でしかないように思われた家族の情こそが、彼女の窮地を救う物語になっている後味のよさが気持ちよかった。

 おそらくは幼時よりずっと、姉に対して引け目を感じずにはいられないで過ごしてきたであろう妹のノラ(エミリー・ブラント)が、生来の不器用さを引き摺り続けつつも、妙な屈託やひねくれに染まることのない邪心のなさを保っている人物造形を果たしていたことがとても効いていたように思う。母親似の姉と父親似の妹という図式になっていたように思うが、父親のジョー(アラン・アーキン)とノラのトホホな役立たずキャラの造形ぶりが絶妙だった。ダメな親とはすっぱり縁を切る生き方を選んでいた女性リン(メアリー・リン・ライスカブ)を配して対照させていたように思うが、ダメ親かどうかは生活態度や社会的能力とは違うところにあることを作り手は言いたかったのかもしれない。孤独死をしたと思われるアル中の老婦人がリンの幼い頃から長じていくまでの写真を大事に取って置いてあったことを黙殺できない人物としてノラが造形されていたのは、そういうことだったような気がする。

 それにしても、アメリカでの不審死・事故死・殺人というのは、あのような清掃業者が簡単に新規参入できるほど頻繁にあるのかといささか驚いた。そして、当然ながら、少々の頑張りや思いの強さだけでは下層から成功への道を辿ることはできないもので、むしろ地道な努力を台無しになってしまう脆さや危うさのほうが遥かに大きくて、それらを潜り抜けて成功を手にするには、不正に手を染めるか余程の幸運に恵まれるかのいずれかしかないことを容赦なく描いていたような気がしたが、人の生の美しさや幸福感は、社会的成功とはまた別物であることを描いていたようにも思う。



*『正義のゆくえ』
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1297312616&owner_id=3700229

*『サンシャイン・クリーニング』
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20090803
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1228595828&owner_id=3700229
推薦テクスト:「眺めのいい部屋」より
http://blog.goo.ne.jp/muma_may/e/28374b3e2559d64af9c1f5c02837e1f1?fm=rss
推薦テクスト:「超兄貴ざんすさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1238045157&owner_id=3722815
by ヤマ

'10. 6.26. 高知市文化プラザかるぽーと大ホール



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