美術館「話の話 ロシア・アニメーションの巨匠 ノルシュテイン&ヤールブソワ」展関連上映会

“ノルシュテインが多大な影響を受けたセルゲイ・エイゼンシュテイン監督作品”

『戦艦ポチョムキン』['25] 監督 セルゲイ・エイゼンシュテイン
『十月』['28] 監督 セルゲイ・エイゼンシュテイン
『アレクサンドル・ネフスキー』['38] 監督 セルゲイ・エイゼンシュテイン
『イワン雷帝』第1部['44]、第2部['46] 監督 セルゲイ・エイゼンシュテイン
 エイゼンシュテインの名は、多少なりとも映画に関心を寄せ、映画史や映画技術に関する書籍に当たったことがあれば、必ず出会う高名ながら、作品自体を観る機会には意外と恵まれてなくて、四十年来の映画道楽を重ねる僕でも縁が薄くて、今回の4作品とも一度も観たことがなかった。
 だから、県立美術館がロシア・アニメーション作家の展覧会の開催にかこつけて、ロシア最大の巨匠とも言うべきエイゼンシュテインの特集上映を企画してくれたのは何とも嬉しく、映画鑑賞を続けていると、いつかはスクリーンで観る機会が得られるものなんだなという感慨を覚えた。

 もちろん最も名高い『戦艦ポチョムキン』は、これまでにも、場面的には何度も観たことがあるのだが、全編通しては観たことがなかった作品だ。今回上映されたのは、'76年のモスフィルムによる全5章からなる完全復元版ということで、なおさら嬉しかった。
 劣悪な環境で軍務に就く下級水兵が蜂起するきっかけとなったスープ問題で、水兵用の食材の肉が腐っていることを映し出した蛆の湧いているクローズアップのカットは、今村昌平監督の作品群などにも確実に影響を及ぼしていると改めて思った。
 また「みんなは一人のために、一人はみんなのために」という『三銃士』の合言葉がえらく強調されていたのが目を引いたのだが、いま読みかけの『告白』(湊かなえ著)に登場した欺瞞熱血教師のウェルテルが板書したのは「ONE FOR ALL! ALL FOR ONE!」で、昨今では前後が逆になっているところが面白い。
 それはともかく、力強いカットで引っ張って行く腕力は、4月に観たばかりの『ストライキ』['25]には劣るものの、さすがの作品で映画史に名を残す作品だけのことはあると感心した。『ストライキ』を観たときには、一世紀近く前の作品ながら今なお鮮烈な映像センスで打ちのめす傑作だと強い感銘を受けた。ドライヤーの1927年作品裁かるるジャンヌを観たときの拙日誌に「このような作品が映画の誕生からわずか三十年ほどで作られているのは、まさしく奇跡だという気がする。」と記したが、『ストライキ』も『戦艦ポチョムキン』もそれに先立つこと二年、1925年作品だ。しかもエイゼンシュテイン26歳のときの作品らしい。同じ26歳で市民ケーン['41]を撮り上げたオーソン・ウエルズも凄いが、エイゼンシュテインも流石に映画史に燦然と輝く偉大な存在だけのことはある。ジガ・ヴェルトフのカメラを持った男は1929年だったし、この頃のソ連映画というのは本当に凄い。

 だが、続けて『十月』も観ると、いささか力任せの一本調子にも映ってくるエイゼンシュテインの力技には少々倦んでくるところもあった。そのせいか『十月』のなかに何故か出てきたロダンの『永遠の春』をクローズアップしたカットが印象深かった。

 エイゼンシュテイン初のトーキー作品との『アレクサンドル・ネフスキー』で取り上げられていたのはロシアの国民的英雄のことらしいが、映画タイトルとして以外では聞き覚えのない名前で、日本で言えば、楠正成のようなものなのかなと思っていたら、時代的にも近い頃合いだった。『戦艦ポチョムキン』でも『十月』でも、大群衆シーンに力が入っていたが、戦闘シーンのある歴史もので、そこをはずすわけもなく、圧倒的な人数で映し出していたものだから、そう言えば、むかしは大作映画のポスターの売り文句に「エキストラ○千人」というのがあったことを思い出したが、今やそういうのはCG任せだろうから、さっぱり見かけなくなっている気がする。

 この大人数のカットというのは『イワン雷帝』にも出てきていたが、それはともかく唯一のオリジナルシナリオ作品で遺作との『イワン雷帝』は、実に素晴らしい映画だった。強いコントラストのモノクロ画面で捉えた人物の表情演技(特に眼)が強い劇性を醸し出していて、ロシア版シェークスピア劇そのものだったように思う。
 イワン大公と抱き合った公爵の背後両脇に王妃アナスタシア、大公の伯母エフロシニアの三人の顔を捉えたカットでの各人の心理描写の鮮やかさがとりわけ目を引いた。
 堂々183分を使って、権力者の孤独と至難を鮮やかに描出していて圧巻だったが、第2部では絶対的権力者が陥らざるを得ない危さをも併せ描いていて、製作時期が第二次大戦中からとなる作品でよくぞここまでと仰天したが、後でチラシを読むと「スターリンに批判され上映禁止となり、公開されたのは12年後となった」とあって、いかにもと感心した。第2部のパートカラーには、そこにどういう意図があったのかピンとこなかったが、これだけの格調と風格で堂々たるドラマをエイゼンシュテインが撮っているとは思いも掛けず、本当に圧倒された。いつまでも力技と生々しさで押し切っていたわけでは決してないことがこの結実のなかに確かに宿っているわけで、映画も観続けていると、こういう好企画の上映会に巡り合えるのだと大満足だった。
by ヤマ

'10. 8.14. 美術館ホール



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