『重力ピエロ』
監督 森淳一

 映画のなかの台詞にあったように深刻なことを明るく語るのは難しいものだが、映画作品そのものが、その難題をうまくこなしていて、なかなかのものだった。

 遺伝と環境の問題というのは、旧くて新しい人生の一大テーマだが、春(岡田将生)が唇を触りながら答えた場面の正志(小日向文世)の表情がとても良かった。確かに、気質は兄の泉水(加瀬亮)が受け継ぎ、春の偉才ぶりには、冒頭場面でも示されていた行動力とも併せ、葛城由紀夫(渡部篤郎)の影が色濃いのだが、唇に手を遣る仕草が証拠付けていたように、紛れもなく春は正志の次男であり、泉水の弟なのだ。そのことの納得感によって、正志が妻の梨江子(鈴木京香)を亡くしたときに息子二人を鼓舞して語った俺たちは最強の家族だ。との言葉どおりに、それこそ“最強の家族”になっていることが気持ちよく印象づけられた。そのうえでは、とりわけ泉水の人物像が興味深く、しみじみ心打たれるものがあった。

 デキがよくてカッコイイ弟を持ったから世の中を斜めに見る癖がついちゃって、などとボヤいたりすることのできる肩のほぐれと、理系大学院の研究生らしい細やかな観察力に富んだ青年で、父親の性格のよさと強さの全てを受け継ぎ、冴えない感じというものまでも継承していて、めっぽうステキだった。冴えなくてかっこよくは見えないんだけれども、実は猛烈にカッコイイというのは、オールマイティな効力は決して持たないけれども、“ピンポイントもて男クン”の秘訣であるからして、たまさかその部分に劇的に触れ得たようなときには、美人モデルを務めていた梨江子が、仙台の市役所に勤めるしがない公務員の正志の元に、東京から押しかけてきてしまうようなことがあっても、必ずしも不思議ではない。正志が、二人の出会いのときの様子に留まらぬ、それ以上の魅力をその後も“器の大きさと確かな観察力”として窺わせていたのが印象深い。

 父親のその美点を確かに継承しているのが泉水なのだが、彼にその器を越えて、静かな涙を流ささせ決意を抱かせる葛城由紀夫の“悪意なき凶悪さ”が効いていた。悪意の不在というのは、通常は罪一等減じるための抗弁や方便として用いられることが多いが、かねてより僕にはこれに対する強い異議があり、十代の時分に悪意のある犯罪と悪意のない犯罪のどちらが悪質かを主題に、幾人かの友人と論戦をした覚えがある。僕の主張の基本は、悪意ある場合は、その悪意の程に応じて自ずと働く矩というものがあるが、悪意すなわち悪の自覚なき場合は、程度においても期間においても際限がなく極めて悪質であり、少なくとも悪意のある場合と同等に扱うべきで、罪一等減じる論拠とするのは全く逆方向に誤った取り扱いだというもので、言うなれば後者がより悪質だとする側に立ったのだが、幼時から馴染みのある“それは屁理屈”との非難をこのときも味わったものだ。だが、泉水の涙と決意は、由紀夫に反省がないからではなく、悪意さえ存在していなかったことへの絶望がもたらしたものだと僕は思っている。

 それにしてもだが、泉水たちが春を追うから“夏子”と呼んでいた女性(吉高由里子)に泉水が語った台詞にあったように、春の心の内を察するに、彼の出生の経緯は余りといえば余りに過酷なことで、モテモテの彼が女性と付き合えないことの根底に、自身の遺伝に対して抱えた怯えとマグマのようにたぎるハイティーン男子の性欲との間の激しい葛藤があったのであれば、あのような形での噴出が見られることがあっても不思議ではないような気がした。絵が上手く頭も良くて行動力もある春が、自分を臆病者だと言っていたのが何ゆえか、繰り返しガンジーの言葉を引いていたのが何ゆえか、を思うと、胸に迫ってくるものがある。そして、確かに春が何かをしようとするときには必ず泉水を呼び寄せていた事実の数々が、冒頭場面を含めて伏線として周到に効いていて、春が兄貴とあのバットがないと何も出来ない臆病者というような本音を打ち明けたことに対し、こともなげに知ってるよ。と返した泉水が実にかっこよかった。春の犯した行為に対する泉水の判定については、人によって評価は異なろうが、論語の子路第十三の十八に記された孔子の教えを引くまでもなく、僕は泉水を支持する。“最強の家族”というのは、そういうことなのだと思う。

 そして、母梨江子が父正志のかっこよさに、たまさか劇的に触れて押しかけたように、泉水のかっこよさに触れて、spring 春を追っていた夏子が、今度はspring 泉水のもとに押しかけるようになるのではないかとの予感を抱せる展開になっていたのを微笑ましく感じていた。それというのも、夏子を演じた吉高由里子が蛇にピアスのときを凌ぐ精彩を放っていたからだろう。




参照テクスト:伊坂幸太郎 著 『重力ピエロ』読書感想



推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2009sicinemaindex.html#anchor001894
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20090531
推薦テクスト:「シューテツさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1178678696&owner_id=425206
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1176830958&owner_id=3700229
by ヤマ

'09.12. 5. 民権ホール



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