『ポストマン』
監督 今井和久


 自分が少々ひねているせいか、前々から僕は、時に愚直とも思えるような長嶋一茂の素朴で素直なタフさが好きで、そのイメージを体現している彼に一目置いているようなところがある。彼の出演した劇場公開映画は『ミスター・ルーキー』男たちの大和/YAMATOもどれも観ているのだが、この映画も、まさに彼のキャラクター・イメージを存分に活かした作品だったような気がする。
 今どき“バタンコ”と呼ばれる配達用の自転車にこだわり、筆記用具は鉛筆、携帯電話もパソコンも持たず、局員のなかでも死語になりつつある隠語と手作業を後輩に押しつける郵便局員が、ある意味“時代遅れの権化”を貫くことで、現代人がもはや手に入れられなくなっている美しく豊かな人生を歩んでいる姿を描いた物語というのは、先頃観たばかりの魔法にかけられてとも大差ないほどの御伽噺ではあるのだが、『魔法にかけられて』の魔法には全然かからなかった僕が、この作品では、気持ちよく魔法にかけられて、数年前に高校生だった娘が作ってくれた弁当を持って仕事に出掛けた日のことをちょっと思い出したり、僕も昔はよく手紙を書いたものだったことを思い出し、なんだか得した気分になってしまえるところが、映画というものの妙味だと改めて思った。『魔法にかけられて』を観たときと違って、ちっとも感心しなかったのが、僕が気持ちよく魔法にかかっていた証拠だという気がする。エンドロールのなかでいくつものスチル写真が映し出されるのはよくあることだが、その全てがさまざまなスタッフチームや制作協力者たちの姿だというのは珍しく、そこにやけに温かさが宿っているように感じられたりしたのも、僕が魔法にかかっていた証拠だったように思う。
 僕は、以前から「人生で一番大切なのは夢を持つことだ」というような言葉が、あまり好きではない。夢を抱いている人を醒めた目で眺める気持ちはないし、夢に向かってエネルギーを注いでいる姿には眩しさを感じもする。しかし、夢を持つことに強迫されている姿や他者に押しつけたりしている姿を垣間見るたびに、本来、自発的であるはずのものが本末転倒している馬鹿馬鹿しさを感じるのだが、現実に出くわすことが多いのは、夢を持ち夢に向かっている姿よりも、そういう本末転倒した人の姿のほうだという気がしてならない。“夢”幻想の弊害とも言うべきもののように思われるのだが、そもそも僕は、夢などという“いまだ獲得していないものを欲しがり憧れる心情”よりも、“現に持てるもの身近にあるものを大事にできる心性”のほうがずっと上等だし、大切なことだと思っているから、夢というのは、そのような心性を持ち得ない者にとってやむなく必要な次善のものに過ぎないと思っているようなところがある。
 だから、ひとつでも心から大事にできるものを持っているのは、それだけで充分に幸せなことだと思うのだが、海江田龍兵(長嶋一茂)は、それをたくさん持っていたような気がする。その裕福さが全く嫌味にならないところが彼の持ち味なのだろう。そして、龍兵のような存在自体は確かに“夢”なのかもしれないが、映画のなかの龍兵自身は、何ら夢を追ったり語ったりせずに、現に持てるもの身近にあるものを大事にする行動の日々実践に専念していたように思う。抜きん出た思いの強さが、余人には果たし得ない偉業を残すという点では、夢に向かい夢を追う物語との違いはないのだが、幼い頃のガールフレンドと16年間も文通を続けることや千葉から静岡まで1通の手紙をバタンコで配達することにしても、“いまだ獲得していないものを欲しがり憧れる心情”からしていることではなく“現に持てるもの身近にあるものを大事にできる心性”の発露であることがよく伝わってきたように思う。そういう人として、龍兵一人をヒロイックに描き立てるのではなくて、“時代遅れの権化”たる龍兵ほどに顕著ではないながらも、龍兵の亡父の漁師仲間オヤジ(竹中直人)にしても、龍兵が受け持つ配達区で顔なじみの老人(犬塚弘)にしても、“現に持てるもの身近にあるものを大事にできる心性”を備えている人々として描いていたところに、作り手の思いが窺えるような気がした。だからこそ、龍兵の娘あゆみ(北乃きい)の担任に急遽あてられた臨時教員の塚原先生(原沙知絵)が、アメリカに留学をしてスポーツトレーナーの資格を獲得してくるという“取りあえずは持ってなきゃいけない気がしてかこつけているような「夢」”を捨て、現に携わっている教員という仕事に対して、腰掛け意識ではなく、本気で取り組み大事にしていきたいとの思いに至る“脱夢”物語になっていたのだろう。
 それにしても、誇りと自負を持って身体を使って働いている人の姿は、やはり美しいと改めて思った。自転車を漕いでいる姿が颯爽としていて、気持ちがよかった。
by ヤマ

'08. 4.15. TOHOシネマズ7



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