『ある愛の風景』(Brodre)
監督 スザンネ・ビア


 先頃観たばかりのアフター・ウェディングに観応えがあったので、楽しみにしていたが、なかなかキツいところを衝いた作品だった。セルフイメージが高く自負もあることが決して自惚れではなく実際的な裏打ちのある者において、破格の体験でそれがへし折れた時の無惨というものが痛烈に描き出されていた。編集構成が巧みで、実にスリリングな展開を見せていたが、例えば、ミカエル(ウルリク・トムセン)が戦地で捕虜となって突きつけられた苦境の場面に前後して、彼の誤った戦死報告を受けた妻サラ(コニー・ニールセン)が長い孤閨に悶々と寝苦しそうに床に就いている場面を編み込んでいたところには、生存であれ性であれ、善悪を問うことのできない実存としての欲望を並置していることが窺えて、なかなか巧いと思った。二人のどちらもがその欲望に屈したとしても等価にやむなきことであって、責めを受けなければならないようなことではないと見ている作り手の視線を提示していたように思う。

 親からの信頼も厚く模範的な兄とはぐれ者の弟の葛藤の物語は、カインとアベルの昔からの古典的主題であるが、そこに嫂サラを巡っての思いの交錯が織り込まれていたところに、僕は日本映画のゆれるを想起せずにはいられなかった。『ゆれる』の場合も、兄稔がミカエルと同じく優等生の位置から転落して服役者となっていたし、兄の想い人に弟が割って入る形になっていたからだ。だが、『ゆれる』の智恵子には兄稔とも弟猛とも肉体関係があったと映った僕の目に、ミカエルの弟ヤニック(ニコライ・リー・カス)と嫂サラの間の肉体関係は浮かんでこなかった。兄に負い目を感じ、必ずしも良好とは言えなかった兄弟関係のなかで、戦死によって兄の存在が失われたことで、ヤニックの兄への想いから屈託が抜け、本来の姿を現すようになるうえでは、いけ好かないと思っていたサラとの気持ちの通い合いが大きく作用していたように思う。そして、サラとの関係の融和を通じて、その亡夫たる兄との関係を再生させるとともに、ヤニックの魂そのものの再生が始まっていったように感じられたのだが、『アフター・ウェディング』でも見事だった、細やかでニュアンスに富んだ複雑な心情を登場人物が窺わせてくれる描出が行き届いていて、兄の死による弟の魂の再生という展開に納得感があった。そこには、素直に従えなかった兄の諫言をその死を契機に実行して、ヤニックが銀行強盗に押し入ってPTSDを与えた女子行員に謝罪に行ったエピソードがとても利いていたように思う。

 僕は、彼がダメ弟から立ち直った一番の原因は、兄の死でも嫂サラの存在でもなく、女子行員からハグしてもらえたことにあるような気がしている。素直に従う気になれなかったヤニックをその気にさせたということでは、もちろん“死の持つ重み”は無視できないし、夫に先立たれた寂しさも手伝って彼に心を許し受容して頼りを求めたサラの存在も大きいと思うけれども、ヤニックの魂の再生は、女子行員への謝罪によって得られたものから始まっていた気がしてならない。深く心を傷つけた女子行員からハグしてもらえたことで彼は、人生には自分の想像や思い込みの埒外にある激変を自身の行動で引き起こせることを体感し、己が生に目覚めることができたように感じるからだ。

 他方、逆方向での激変に見舞われ、自分が自分でなくなったと思えるようなダメージを受けていたのが兄ミカエルだったが、その傷の深さがありありと伝わってきて、観ていて辛くなるほどだった。自他共に認めるような安定感の揺るぎなさのほうが、却って壊れたときの底の抜け方が深刻である怖さを偲ばせていたように思う。

 ひとつ余計だったと感じたのが、ミカエルが奇跡的に戦場から生還しながらも心に深く傷を負い、妻と弟の関係への猜疑に囚われた挙げ句に警察沙汰を引き起こして服役者となり、再びミカエル不在になってしまったサラの家をヤニックが訪れて、ミカエルが荒らした部屋の後片づけを手伝っている間に差し挟まれていた、サラのシャワーにまつわる終盤の一連のシークエンスだ。作り手としては、終盤にスリリングさのハイライトを構えたつもりなのかもしれないが、たとえヤニックの切迫した踏ん切りの決意を窺わせる場面が必要だったにしても、少々あざとく御粗末な気がした。でも、それを充分補うラストが用意されていたので、映画の観後感はよかった。



推薦テクスト:「ケイケイの映画日記」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20080104
推薦テクスト:「ヒラリン牧師の部屋 ♪土佐の高知の伊勢崎町から」より
http://bapisezaki.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_7524.html
by ヤマ

'08. 6.24. 美術館ホール



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