『バンテージ・ポイント』(Vantage Point)
監督 ピート・トラヴィス


 上々のエンタテイメントだった。午前11時59分があれほど繰り返されるとは思わなかったけれども、飽かせるどころか面白味が増すのだから、立派なものだ。観ている最中に数えていたわけではないから、一体何回繰り返されたのかと思っていたら、帰宅後に観たチラシに「大統領を撃ち抜いた1発を、あなたは8回目撃する。」との惹句が表に大きく出ていた。“視点(バンテージ・ポイント)”と題し、広場の公衆の面前で演壇に立ったアメリカ大統領の狙撃される場面が8人の目撃者の視点で描かれ、新たな視点から事件を目撃するたびに少しずつ事の顛末が露わになり、犯人と犯行の狙いが明らかになっていく仕組みにしている映画だった。

 しかし、驚くべきは、この作品が90分という今どき珍しいコンパクトな長さの映画であったことだ。この長さだと単純に8回繰り返しただけでも1回当たり11分しかないわけで、大統領狙撃の騒動に紛れて仕掛けられた爆破場面はおろか、狙撃場面の繰り返しすら、実時間に沿ってはできない勘定になる。加えて、機敏な現場観察で犯人一味をその場で嗅ぎつけたシークレット・サービスのトーマス・バーンズ(デニス・クェイド)が、スペインの街サラマンカの雑踏のなかで派手にカーチェイスを繰り広げるシーンが少々長めの見せ場として最終的に用意された作品だったのだから、問題の8つの視点をリワインドで見せる部分にいかにタイトな編集を施した映画だったかが偲ばれるわけだ。驚異的と言うほかなく、何度も繰り返されるにもかかわらず、スピード感と緊迫感が見事に宿っていたように思う。従って当然ながら、テロ事件の背景や犯行計画の手筈を結局はきちんと説明できずに終えるしかないわけだが、そのことで却って、報復の連鎖を断ち切り、本気で国際テロを止めようと思っているアメリカ大統領アシュトン(ウィリアム・ハート)の意思の固さのみが強く印象づけられるようになっているところが心憎い。

 そして、現実の大統領が全くそうではなくても、物語として“アメリカ大統領”を描くときには、大統領にこうした理想化を施すことがそう違和感なく受け取られる素地というものをきちんとアメリカの文化が持っているのは、けっこう大したことだと思った。日本映画で同じことをやっても興醒めしか招かないような気がする。日本でも昔の映画では、首相がそれなりの人物として存在感のある形で登場していたように思うが、近頃は映画のなかでの影は薄くなる一方だという気がする。比較的最近でも知事が主役を張って活躍する東京原発という作品があったが、公開のされ方を含め、さまざまな面で『東京原発』のような映画は例外と言うべきものだし、首相がとなると思い出せるものが全くない。

 それにしても、『バンテージ・ポイント』は、近頃の映画の長尺ぶりに慣れた目に実に鮮やかに映ってくる作品だった。長尺傾向については、シネコンが本格的に旧来型の劇場を駆逐し始めた頃から顕著になってきたことから、四年前にも日誌に私見を綴った覚えがある。そこに記した「120分ものがスタンダード」といういささか揶揄を込めた指摘が、もしかすると実際化して定着してきているのかもしれない。日本で言えば、僕の生まれた'58年のピーク時に11億2千万人を超えていた劇場入場者数が、'96年に1億2千万人を割り込むところまで落ち込んでいたものが近年の1億7千万人にまで回復してくるなかで、大作に限らずとも劇場で見せるうえでの差別化として、TVの二時間枠や二時間半の拡大枠ではノーカットにするとCMを入れようがなくなる尺を以て、劇場公開作品とするようになっている気がする。そして、観客のほうでも、かつてのように新作や大作であるがゆえにTVでは見られないということがなくなっているために、「敢えて劇場に観に行くんなら二時間は当たり前でしょう」といったスタンダード感覚を持つ者が増えてきているのではないかという気がする。

 今や昔のプログラム・ピクチャーの二本立て興行といったものは壊滅してしまったが、それで育ったような我々世代には、懐かしさだけでは済まない哀惜がある。自分の鑑賞歴や鑑賞に臨む態度の育ちについて振り返ってみても、あのオマケ感覚がどれだけ映画との出会いに豊かさや発見を与えてくれたことかと改めて思う。だから近頃は、90分にまとめていれば、それだけでもう傑作と呼びたくなるほどに、引き締まった作品が少なくなっているわけで、そんななかで出会ったこの作品に思わず快哉を挙げたくなるということでもあるように思う。




推薦テクスト:「シネマの孤独」より
http://cinemanokodoku.com/2018/08/19/vantagepoint/
by ヤマ

'08. 3. 8. TOHOシネマズ4



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