『パンズ・ラビリンス』(Pan's Labyrinth)
監督 ギレルモ・デル・トモ


 スペインとメキシコという土地柄には、何故かミステリアスなものが似合う風土イメージが僕のなかにあるのだが、併せて闘牛にシンボリックな血と砂のイメージも強くあって、このスペイン・メキシコ合作映画は、いかにもそれらに相応しいテイストに満ちているように感じられるとともに、それらが、独裁や覇権のための殺し合いという絶対悪が同朋のなかで繰り広げられることで子供の心に差す影や痛みを映し出しているという点では、二十二年前に観たミツバチのささやき('73)や六年前に観た『蝶の舌』('99)を思い出させてくれる作品でもあるように思われた。三作品ともスペイン内戦時代を背景にした映画なのだが、本作で最も強く打ち出されていた幻想性については、恐怖政治に覆われていると、子供ならずとも、幻想の国へ向かうでもして身を守るしか居場所がなくなるわけで、何もスペインに限った話ではない。だが、冒頭で既に犠牲になった少女オフェリア(イバナ・バケロ)の血まみれの姿が美しく映し出されていたところに窺える美的感覚には、いかにもスペイン的な風土が感じられるような気がした。そのうえで、描かれていた幻想性にしても残酷さにしても、描出の容赦なさに痛切感が宿っていたところがなかなかの力作のように感じられた。

 人民戦線側が敗北した後、フランコ政権の弾圧が続いていたスペインでの第二次世界大戦が終結する前の1944年という時代設定であったが、その時点なれば、中立表明をしていたフランコ政権の独裁体制に世界の耳目が集まるわけもなく、孤立した劣勢のなかで独裁政権と闘うメルセデス(マリベル・ベルドゥ)たちレジスタンスにしても、恐ろしくて残酷な現実世界を逃れて魔法の国に帰ろうとするオフェリアの試練にしても、生半可な闘いで果たせることではなくて、まさに決死とも言うべき覚悟の元に、恐怖に打ち勝つことと身を挺して行動することが余儀なくされていたということなのだろう。そのことが、圧倒的な画面の力でひしひしと伝わってきたのには、とりわけ冷酷で残忍な司令官にして、オフェリアの義父となったビダル大尉に扮していたセルジ・ロペスの演技が見事で、捕虜にした吃音症のレジスタンスゲリラをいたぶる場面やビダルの子を孕み臨月を迎えている妻カルメンに向ける視線、襲撃された貯蔵庫の開錠状況を見てメルセデスを審問する際の表情やら、アンプル剤の符合からフェレイロ医師を疑うに至る様子、口に差し込まれたナイフで大きく切り裂かれた頬を自分で縫合している姿などにおいて、単なる敵役に留まらない主役的な存在感を強烈に示していたことが効いていたように思う。

 そして、山羊の角と髭を持ち下半身が獣の半獣神パンがオフェリアに与える試練というものが、最後には彼女の自己犠牲をもたらすことで、神の国とも言うべき憎しみも諍いもない魔法の国の王女として彼女が再生するというイメージのなかに、キリスト教の文化的伝統を感知するとともに、スペインが今なお最も強くカトリック文化を受け継いでいる国の一つであることを改めて思った。加えて、オフェリアがその自己犠牲によって神の国に至るという物語において、幻想性と共に色濃い現実感を漂わせていたあたりには、二年前に観たエミリー・ローズ('05)を想起させるような部分を感じたのだが、この映画は『エミリー・ローズ』の翌年の作品なので、もしかしたら、ある種の影響が及んでいたのかもしれないとも思った。

 観後感として最も強く残ったのは、嫌悪せずにいられない義父に従い、その庇護の元に生きるしかない運命を受け入れることばかり求める母カルメンからオフェリアが味わっていた孤立や義父ビダルから与えられている恐怖が、何とも痛切だったことだ。そこには、スペイン内戦時には各国の義勇兵からなる国際旅団の支援を得ていたものが、人民戦線による共和国政府軍の敗戦後は、フランコ独裁政権の元に孤立し脅えていたスペイン人民の姿が投影されていたような気がする。そしてまた、オフェリアの勇気と自己犠牲によって救われた、カルメンとビダルの間に生まれた赤ん坊には、彼女の弟なればこそ彼女と同様にスペイン人民そのものが投影されているということなのだろう。

 ダークな怪奇性やショッキングな残忍性からして、少々一般性は欠いているのかもしれないが、社会性も娯楽性も高く、また、親子の物語として観ても普遍性の高い心理状況を象徴的に描き得ている豊かな作品で、実に観応えがあったように思う。たいしたものだ。



参照テクスト:掲示板談義の編集採録


推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0802_4.html#pans
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dfn2005/Review/2007/2007_11_12.html
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20071014
推薦テクスト:「yt's blog」より
http://blog.livedoor.jp/thinkingreed0605/archives/51656005.html
推薦テクスト:「超兄貴ざんすさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=609666400&owner_id=3722815
推薦テクスト:「大倉さんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1861283416&owner_id=1471688
by ヤマ

'08. 3. 1. TOHOシネマズ8



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