『ミツバチのささやき』(El Espiritu De La Colmena)
監督 ヴィクトル・エリセ


 映画で観たフランケンシュタインは、精霊の化身であって、実在していると信じた少女アナの物語である。子供を描いた作品には、傑作が生れ易いものなのだが、そこのところを割り引いても尚、この作品の美しさは、特筆に価する。まず映像が絵画のように美しい。カメラの移動が最小限に切り詰められ、画面に常に場としての安定感が与えられている。それによって大地の存在感が映像にもたらされ、スケールを大きくしているのである。この作品では、人物の動きと共にカメラが移動していくことが殆どない。カメラの視界の中で人物が動き、物が動く。そういったところが絵画的になる故であり、また、ある意味では舞台を意識させ、演劇的でもある。『ピロスマニ』とか『旅芸人の記録』といった作品を思い出させる。しかし、舞台のように常に遠景ではなく、動かないカメラの一方で個々のカットにおけるカメラの焦点距離は多様であるし、また、クローズ・アップが効果的に使われる。科白からすれば、実に寡黙な作品でありながら、表現力としては、実に豊かな作品である。

 ある日アナは、時折一人で遊びに行っていた村はずれの廃屋で大きな足跡を見つける。フランケンシュタインの足跡。廃屋の中には傷を負った活動家らしき男がいた。アナは、とうとう精霊と出会ったと思う。パンや着るものを家から持ち出し、彼の世話をする。しかし、突然、男は血を残して消えてしまう。彼に与えたはずの父のコートを再び父親が携えてアナの前に立った時、アナは、男が映画のフランケンシュタインのように殺されてしまったことを知る。ショックを受けたアナは家を飛び出し、一昼夜さ迷い、衰弱して眠っているところを保護される。

 子供の時分に自分だけのきらきらした秘密の世界を持っていたのに、それが大人の手によって必ずのように壊されて、以後、そんなきらきらした秘密の世界が持てなくなってしまうというのは、誰にも共有できる子供世界への郷愁であるが、そういった子供の秘密の世界をこれほどに硬質な美しさで静かに力強く描き切った作品には、そうざらにはお目にかかれない。母親がそっと手紙を火にくべることで暗示されている、大人の持つ自分だけの秘密の世界とその喪失が、子供の場合のそれといかに異質であるかが、おのずと浮び上がって来る視点をさりげなく投げかけることによって、より一層、子供の秘密世界の美しさを提示しているところなどは、実に鮮やかである。




推薦テクスト:「Fifteen Hours」より
  http://www7b.biglobe.ne.jp/~fifteen_hours/VEmitubati.html
by ヤマ

'85.11.28. 名画座



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>