『ネバーランド』(Finding Neverland)
監督 マーク・フォースター


 僕にとってはディズニーのアニメーション作品の印象が強いピーターパンの物語が、イギリスの劇作家ジェ−ムズ・M・バリ(ジョニー・デップ)による、ちょうど百年前の舞台劇を原典とするものだったというのは、この映画で初めて知ったことだが、ファンタジックなピーターパン物語の誕生秘話を綴ったドラマらしく、映像的にも物語的にも非常に美しく描かれた作品だった。緑色の好きな僕には、ふんだんに画面に登場する緑が気持ちよく、また「演劇はプレイ[遊び]だったな」とバリに語る興行主フローマン(ダスティン・ホフマン)の台詞を待つまでもなく、シルヴィア(ケイト・ウィンスレット)の息子ピーター(フレディ・ハイモア)の祖母であるデュ・モーリエ夫人(ジュリー・クリスティ)にフック船長の鈎の手を被せたりする遊び心も忍ばせた佳作だと思う。しかし、少々シリアスなアクセントが利きすぎてバランスを損ねた嫌いがあり、主軸となるバリのシルヴィア母子との出会いや交流以上に、彼の妻メアリー(ラダ・ミッチェル)やシルヴィアの母親の存在感が印象づけられ、妙に焦点が散漫になったような気がしなくもない。
 むしろ僕の印象に強く残ったのは、バリとシルヴィアたちの関係よりもメアリーとの夫婦関係のほうだった。欠かさず夫の舞台公演の初日に劇場を訪れ、批評家の酷評は前もって新聞から切り抜いて見せないよう気遣うメアリーは、それなりに劇作家の妻を真面目に務め、夫の活躍を楽しみにしている妻として描かれていた。夫とシルヴィア母子の交遊の親密さから受けた疎外感から、冷えた夫婦関係への直視を強いられ、親しくしてくれる男の元へ去りつつも、“ピーターパン”の初日には気掛かりで劇場に来てしまう女性だった。夫の社会的成功を願い、華ある社交界へ打って出ることを夢見たメアリーとファンタジーに心遊ばせたいバリの相性の問題と言ってしまえばそれまでなのだが、気になったのは、バリがかつての自分の心にあったネバーランドを思い出したのが、ピーター兄弟たちと遊ぶようになってからのことではなかったかという点だ。少なくとも酷評された芝居には、ファンタジー色はなかったのではないかという気がする。
 だとすれば、それ以前に冷えつつあったバリとメアリーの夫婦関係は、必ずしもファンタジーを巡る相性の問題では済まされないような気がしてくる。あくまでもバリは、シルヴィア母子と関わり、子供たちと遊ぶなかで、本来の自分の資質に目覚めたのだという感じがした。そういう意味では、確かに創作のミューズであったわけだが、ファンタジーへの理解ということが直接的な問題ではないとしたら、外に人間関係として何がバリとメアリーに欠けていたのかを思い起こすと、やはり“笑い”だったと改めて思う。メアリーの仕切るバリの家は、きちんとしているけど冷ややかで、子沢山のシルヴィアの家は、にぎやかだ。メアリーがデュ・モーリエ夫人共々シルヴィア母子を夕食に招いた席で、バリがスプーンを鼻にあててふざけたときに、それを笑えなかったメアリーが少々気の毒に思えた。子どものほうが人数の多い夕食会なのに…。
 そんなことを考えると、もしも彼ら夫婦が子宝に恵まれていたら、ピーターパン物語は生まれなかったかもしれないけれど、彼ら夫婦は別れることにはならなかったような気もしてくる。子沢山のもたらす難儀というものには一方ならぬものがあるけれども、そのもたらしてくれるものも、それなりにはあるものだ。だが、この作品で印象深く繰り返された「子どもには、たった三十秒で大人になる瞬間がある」という言葉を反芻しながら、我が子三人のそれがいつだったのかを思い出そうとしたのに、さっぱり思い当たらないことにいささか苦笑した。でも、映画を思い返せば、長男のジョージ(ニック・ラウド)にしても三男ピーターにしても、その瞬間に親のシルヴィアは立ち会っておらず、バリが立ち会ったのだった。大人への踏み出しというのは、まず親との関係に対して始まるものだと思えば、直に親が目撃することは却って稀なことなのが、むしろ自然なのかもしれないと思い直すことにした。


参照テクスト掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録

推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0501_1.html#never
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20050119
推薦テクスト:「my jazz life in Hong Kong」より
http://ivory.ap.teacup.com/8207/159.html
推薦テクスト:「eiga-fan Y's HOMEPAGE」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2004necinemaindex.html#anchor001199
推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordF.htm#findingneverland
by ヤマ

'05. 1.16. TOHOシネマズ3



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