『ポロック 2人だけのアトリエ』(Pollock)
監督 エド・ハリス


 ひょんなことから貰ったDVDを娘のパソコンで観て鑑賞機会を得た作品だ。画期的な手法で現代美術に足跡を残したジャクソン・ポロック(エド・ハリス)について、僕はその名と技法について多少の聞き覚えがあるくらいで、伝記的な部分は記憶に残っていなかったから、妻のリー・クラズナー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)との関係を非常に興味深く観ることができた。1950年の画廊でサインを求められるシーンから九年遡り彼女との出会いから二年ごとに辿る二人の足跡を概観して思うのは、彼の死後にアーティストとして業績を残したらしい彼女が自分の画業をほぼ放棄してポロックを支えていたモチベーションが何だったのかということだ。妻というよりも、自身が才能を認めた芸術家への庇護者として関わっていたように思うのだが、後に一定開花する才と意欲を改めて持ち得ただけの彼女に、そのようにさせる芸術家として彼が存在し得たことが、どこか不可思議に思える人物としてポロックが描かれていたことが、却ってリアリティを感じさせてくれたような気がする。ついついフリーダに描かれた芸術家夫婦の関係を想起し、その対照的なありようが興味深く、ある意味、ポロック以上にリー・クラズナーに関心が湧いたのだが、そこのところについては、僕が望むほどの描き込みがされていなくて、リーが子供を持とうとしなかったことへの不満をポロックが口にしたときの憤慨のありようにわずかに窺えるのみだった。早期からアルコール依存症との格闘を余儀なくされていて、パトロネージュしてくれるペギー・グッゲンハイム(エイミー・マディガン)のパーティで酔って暖炉に放尿するような奇行を繰り返す彼は、リーの言葉を待つまでもなく、幼児よりも手の掛かる大人だったのだから、よくぞ付き合っていけたものだと思う。
 ある意味、画家としての才能と可能性以外には殆ど魅力というものの感じられなかったポロックに対してリーをあのように向かわせたものは何だったのだろう。彼女自身が表現者としての才と意欲を持っていなかったり、かつては持っていても、ポロックの庇護者となることを選んで後には自身の才の開花を果たすこともなかった人物であればまだしもなのだが、そうではなさそうだったところが気になるところだ。確かにポロックがドリッピングなどによる新しい絵画表現を見出したときには、「遂にやったわね」と共に喜ぶリーの表情に輝きと充足感が溢れていたけれども、その希有な瞬間以外に彼女が得ていたものが殆ど映画からは伝えられてこなかったような気がする。
 でも、人が人に惚れるというのは蓋しそういうものなのかもしれない。生活力や人格でなくても、惚れるに足るものがあれば充分だということが観念的には理解できても、実感として妙に腑に落ちなかったりする僕は、“惚れる”ということの本質を知らずにきているのかもしれない。自分というものの優先順位を応分の範囲でしか譲ることができずにいる。それからすれば、リーの人生はポロックの死後にもう一方をも果たしたわけで大したものだという気がする。
 それにしても、本人そっくりとの評判だったというエド・ハリスによるポロックの姿が晩年あの様相だったとすれば、とても四十五歳を待たずに死んだ男とは思えない老けようだった。ピカソを“何もかもやっちまったクソ男”と呼ぶポロックが、自身の切り開いた画期的な新天地に更なる新境地を求めようとすれば、絶望的な行き詰まりに見舞われるのは無理からぬことかもしれない。だが、同時代の気鋭の前衛画家として併置したデ・クーニング(ヴァル・キルマー)との対照には、素人目にも分かりやす過ぎる形での彼の前衛者としての苦悩ぶりが強調されていて、それを以てポロックこそが本物のアーティストであるかのように描いていたところが、少々通俗的な印象を残したようにも思う。
 僕の目を惹いたのは、ドリッピング技法の誕生を偶然の産物として描いていたシーンで、ちょうど画面に映し出された絵の具の足元への滴り具合が、成る程これなら彼にインスピレーションを与えても不思議ではないと思える絶妙さだったことだ。彩色した砂を地面に落として描くというネイティヴ・アメリカンのナバホ族の呪術的な砂絵との関連で語られたものを昔読んだことがあるのだが、それよりも遙かに説得力のある画面だった。そして、アクション・ペインティングの名に恥じないエド・ハリスの堂に入った身のこなしぶりも鮮やかだった。


参照テクスト:『ポロック 2人だけのアトリエ』をめぐる往復書簡編集採録

推薦テクスト:「とめの気ままなお部屋」より
http://www.cat.zaq.jp/tomekichi/impression/kansouh2.html#jump18
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2003/2003_11_24.html
by ヤマ

'05. 1. 2. DVD



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