『恋愛適齢期』(Something's Gotta Give)
監督 ナンシー・メイヤーズ


 離婚して孤閨を重ね五十代になる独身女性が恋愛にはもう縁がないと思っていたのに、六十代と三十代の男性から想いを寄せられて、人生に思いがけなかった生気を獲得する物語を観て中高年女性の多くは何を思うのだろう。そんなの当たり前よ、エリカ(ダイアン・キートン)みたいに自分から閉ざしているからいけないのよ、と思う人もいれば、なんだか元気づけられたように思う人もいるだろうし、羨みつつ自分には縁がなさそうと却ってメゲる人もいるのだろうが、三十代あたりでも女性たちが自ら“賞味期限”などという言葉を用いて自嘲気味に語ることが多い現実からすれば、そういう思い込みや諦めというのは随分と浸透しているのだろう。若さだけが魅力でも値打ちでもないのになぁと思うことが多い僕などには腑に落ちないところもあるのだが、賞味期限という言葉があけすけに意味しているのは紛れもなくセックスを想定してのことだろうから、あれはそんなに単純なものじゃないという気がしてならない。そして、このコメディ仕立ての作品が絵空事には思えない説得力を備えているのは、まさしくそのセックスにおける交感について味わい深い描き方を果たしていたからだと思った。

 30歳以下の女性しか相手にしない辣腕プレイボーイとの異名を得、長年ほしいままに浮名を重ねてきている63歳のハリー(ジャック・ニコルソン)と54歳のエリカのファースト・セックスを終えた後のことだ。エリカが久方ぶりの肌身の触れ合いを手放しに喜び、こんなにいいものだとは思わなかったと感激して笑い泣きし始める様子を傍に感じ、ハリーもが自らおよそ自分には似つかわしくないと思える涙が滲んでくることにうろたえる場面がある。心臓停止などの特別な身体経験をすると、味覚嗜好のみならず、従前とは異なる、思いがけない変化が心身ともに訪れることがあるとのジュリアン医師(キアヌ・リーブス)の言葉が後に作中で添えられ、入念に不自然さを排除しているのだが、特にそういうもっともらしさが添えられていなくても、ハリーがエリカとのセックスに感じ入ることには充分なリアリティがあるように感じる。相方の女性が性感の高ぶりに行為の最中に感極まって涙するのも男冥利に尽きることなのだが、それは言わば生理的な反応であって、長年辣腕プレイボーイとして名を轟かせてきたハリーにとっては身にも覚えのあることだろう。けれども、エリカが示したような“性の歓びに留まらない生の悦び”を与えることのできた手応えは、若い女性との恋愛ゲームにばかり勤しんできた彼にとっては、この歳にして初めての体験だったのではなかろうか。まるで生き返ったような生気の漲りを放ち始めたエリカが、知らず知らず彼にとって特別な存在感を及ぼし始めるのは、その端緒に彼が関わっていることや彼自身が生死の境から生き返ってきた身なれば、尚のことだ。

 エリカにしても、それがあるからこそ36歳の美男医師ジュリアンよりもハリーのほうが掛け替えのない相方として忘れがたい存在になるのであって、物語の顛末は故なきことではなく、御都合主義的な予定調和とは一線を画したものだ。十年ばかり前に耳目を集めた“セカンド・ヴァージン”なる言葉を持ち出してくるまでもなく、エリカにとってそれがどんなにか特別なことだったかは想像に難くない。だが、心身の柔軟性に富んだ女性に比べて頭でっかちになりがちな男たるハリーは、自身のその内なる声に気づくことに遅れ、慣れ親しんできたと認知している自分のスタイルが既に自身にフィットしなくなっている変化に即応できない。このあたりのタイムラグをしばしば女性は男の鈍感さと言い、そう言われれば否定できない側面があるのだが、感度の違いというよりは、むしろメカニズムの違いといった感じで、監督・脚本・製作を手がけたナンシー・メイヤーズは、女性ながらそのあたりのことが実によく分かっているように見受けられた。ハリーとエリカの間の自身への気づきのズレによる乖離接近の微妙な距離感を綴る綾が人間知・人生知に長けた作り手を窺わせるに足る絶妙さで、大いに感心させられたが、それ以上に魅力的だったのが演技者の充実ぶりだった。

 戸惑いつつも楽しみながら自制も加え、エリカが新たな自己発見にしなやかに身を委ねているさまを見事な可愛らしさを湛えて演じたダイアン・キートンは本当に魅力的だったし、コミカルさも渋みも悲哀も堂々たる貫禄で滲ませるジャック・ニコルソンは、同じくナンシー・メイヤーズの監督作品であるハート・オブ・ウーマンでメル・ギブソンが残した印象以上に深く味わいがあった。そして、エリカにしても、バリーにしても、ジュリアンにしても、いずれもがセルフ・コントロールの効いたなかでの自己表現・自己主張の表出の仕方が見事だった。言うなれば、知性と素直な感情を豊かに育て上げている大人の魅力に満ちた人物造形が果たされていて、とても素敵な作品だ。



参照テクスト:掲示板談義の編集採録

推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0404-1renai.html#renai
by ヤマ

'04. 4. 1. 松竹ピカデリー1



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