『ジョンQ 最後の決断』(John Q)
監督 ニック・カサヴェテス


 最後には妻が「あなたは私の誇りよ」と言い、人質にされた黒人青年が「あんたは俺たちのヒーローだ」と声をかけたジョン・クインシー・アーチボルト(デンゼル・ワシントン)は、結果的に人々の心を実際に動かし得たのだから、奇跡的な幸運に恵まれたとはいえ、見合うだけの報われ方をしたと見るべきところだ。けれども、僕自身が何事であれ、なりふり構わず必死になって何かを成し遂げようとする情熱や気迫を欠いているせいか、我が子の命を救うためになら手段は選ばない姿を支持する心情に、自然な形で与することができなかった。むしろ、この作品から僕が受け取ったものは、 '93年に『ダメージ』の日誌にも綴った「(パッションに)同調し、共有することを強迫されているような居心地の悪さ」ほどのものではないにしても、妙にすっきりしない気分だった。僕のなかには、恋愛であれ親子愛であれ、愛の熱情を至上の価値とすることに少々違和感があるのかもしれない。
 どちらかと言えば、最終的にはジョンQをヒーローと呼んだ青年が、人質にされているときに彼に語った「受け入れることも学ばなければいけない」という言葉のほうに共感があり、医療技術の進歩で、当人の治癒力を越えて、命が金で買える状態になっていることの不幸を思ったりもする。それは、 '91年に『金日成のパレード』を観て綴った覚えのある、日本人が恵まれているがゆえに感じる不幸という観方にも通じる部分のある感覚だ。25万ドル払えば我が子の命を救える可能性があったからこそ、25万ドル払えないジョンQが非常手段に訴えるわけで、彼をそこに追い込んだのは、確かにさまざまな社会矛盾でもあるけれど、実はその最たるものは、莫大な金さえ出せば可能性が買えるという現実なのではないだろうか。
 そういう感覚が先に立つせいか、終盤でジョンQが、実は当初から自分自身の心臓を移植に提供することしか考えていなかったなどという台詞を聞くと、それならどうして人質を盾にとって息子の名を移植希望者名簿に搭載させることを要求に掲げていたのかと思ってしまう。息子の心臓の機能低下は、刻一刻と迫っていたはずで、しかも適合者の少ない型だったから猶予のないなかでは、可能性自体は低いとしたものだ。
 もっとも、交渉人(ロバート・デュバル)に対して、あの要求を掲げて孤軍奮闘する過程において見せるジョンQのパーソナリティとパッションが伝わらなければ、病院長(アン・ヘッシュ)は、病院側の経費負担での名簿搭載をしなかっただろうし、心臓外科医(ジェームズ・ウッズ)も移植手術の施術を約束したりはしなかったろうから、篭城した時間は非常に大きな意味を持っている。だが、そういう観方というのは、いささか野暮だとしたものだろう。でも、それを促しかねない「最初から」などという台詞に、作り手は、何故したのだろう。
 やはり最初は、貧しいばかりに、また保険がいつの間にか切り下げられていたばかりに名簿搭載をして貰えないことや困難な状況を打開できない力のなさを妻に蔑まれたことに憤慨して、非常手段に訴えてでも名簿搭載を果すことが目的であったはずなのだ。そして、精一杯のことをしても叶えられない社会の仕組みに異議の申し立てをしたかったというのが本音で、息子のことは二の次になっていたように思う。それが二の次のことではなくなったのは、名簿搭載を果せたと思ったときからではないのか。当初の目的は果たしたけれども、それで息子が助かるわけではないことに、そのときやっと気づいたということではないのか。そういう話なら、もう少し共感しやすかったような気がするのだが、であれば、最初からなどと言わせないほうがいい。
 もっとも、実際は途中から思い付いたことだったにしても、最初からと言いたいようなことではあるから、その台詞自体のせいとは言えないかもしれない。しかし、それならそれで、そういう見せ方、演出になるはずだから、作り手の意図としては、やはり「最初から」ということなのだろう。そうしたほうが、篭城目的が首尾一貫して子を想う親の愛によるものであることを前面に押し出す形になるし、ジョンQのイメージも判りやすい形での善人として描けるとしたものだ。だが、そうされることで、逆に素直に共感を覚えにくくなったりする観客もいるということなのだ(苦笑)。

推薦テクスト:「La Dolce vita」より
http://hw001.gate01.com/impress/2002movie2.htm#ジョンQ

推薦テクスト:「THE ミシェル WEB」より
http://www5b.biglobe.ne.jp/~T-M-W/moviejohnq.htm

参照テクスト:「多足の思考回路」より
http://www8.ocn.ne.jp/~medaka/talk-jhonq.html

by ヤマ

'02.11.30. 東 宝 3



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