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『愛のコリーダ2000』(L'Empire Des Sens) | |||||
監督 大島 渚 | |||||
手帳を手繰ってみると、パリで観たのは '79年3月19日だから、ちょうど二十二年前。僕がまだ二十歳のときのことだ。定よりも一回り年下だった当時と既に定はむろんのこと吉蔵よりもわずかに歳を重ねた今とで、自分の感じ方がどのように違ってくるのかということが、こういう映画だとなおのこと興味深く、楽しみにしていた。 当時の記憶で最も印象に残っていたのは、はじめは野暮ったく見えた定(松田英子)が次第に綺麗に可愛らしく見えてくる変化で、女は凄いものだなぁと感心したことと殿山泰司の股間の演技の見事さだった。だらしなく尻餅をついて倒れた股間で白毛混じりにしょぼくれていたさまが何とも哀れっぽいおかしみを湛えていて、絶品だった。料亭の縁側で蹴り倒されて池の縁に尻餅をついたように覚えていたのだが、今回見直すと当時の記憶とは随分違っていた。稲荷神社とおぼしき社の灯篭のたもとで深酒の挙げ句もたれ寝をしてた感じで、子供たちにからかわれていたのだった。股間のさまは、いまだに我が国においては再確認できないから、判じられなかった。 二十二年前、女は凄いものだなぁと感心しつつ、吉蔵(藤竜也) もあれだけ惚れられれば本望だろうとある種の羨望さえ抱いて観たものが、今では羨望どころか、こりゃあホラーだと思うくらいおっかなく見えたりもする。だからこそ、そこから逃げることなく持ちこたえ得た吉蔵を凄いもんだ、たいした奴だと讃えてやりたい気になるのだ。「どうしてそんなにすぐに固くなるんだい」「おまえさんが欲しがってくれるからさ」なんて言ってた時分を通り越し、さすがの吉蔵も、質量併せた飽食の果てには、比較的早い時期からいささか辟易とした翳りを漂わせたりもしていたことを当時は見逃していたようだ。性交に辟易とした翳りの色を瞬時漂わせたうえで、すかさず振り払い、受容と対応にまわれる吉蔵を観ていると本当に偉い奴だと感心するし、終幕に対する納得もいく。女が堰を切ったときの圧倒的なパワーに拮抗できる男など存在し得ようはずもないなかで、吉蔵がたじろぎながらも最後まで引かずに貫徹し得たことには、自分が堰を切らせたからこその手応えと喜びに対する感謝と自負というものがあったようにも思う。 それと同時に、自らの作った行きがかりに身を委ね、いささかでも甲斐ある命を託すことが惜しくも何ともないように思える、終末感の漂う時代背景の寸描が説得力を加えていた。兵士たちの行進と逆行して俯き加減に歩く吉蔵の表情は厳しく、ある種の覚悟を湛えており、定に対して見せる慈愛に溢れた微笑みとは見事な対照をなしていて、藤竜也のどちらの表情とも深く印象に残る。それというのも、定と吉蔵にも、終末感と併せて滅びへと向かう黒い情熱といったものが静かにたゆまず燃え続けていたように感じられたからであろう。 それにしても、おのが肉体をこよなくいとおしみ、欲してもらえることの喜びの実感は、観ていて切なくなるほどに伝わってきた。額の斜め上からクローズアップで捉えた、男根をいとおしみ弄ぶ松田英子の表情が実に見事で、観ていてこれは魂を抜かれても仕方がないかなと思えるほどのものだった。発火点が低く、おのが肉体を何にも増して渇望する女の掛け替えのない愛らしさとおっかなさに対して感じるものや匂いや味にまで及ぶ描写によって触発されるものに対する思いなどは、二十二年前とは随分違っていたように思う。秘め事に対して戯れる感覚なども今から思えば、当時はいささかも及んでいなかったような気がする。もちろん今とて、二人のような性愛の極致を窮められていようはずもないが、二十歳の頃には圧倒されっぱなしであった細部のことごとが部分的ではあるにしても、けっこう身につまされたりしたことには、少なからず感慨を覚えた。だが、いまだに個人的な感覚としてどうにも馴染めなかったのが、乱交したり、性行為を露出したりする感覚だったが、逆に言えば、それ以外にはあまり違和感を覚えなくなっていることに今更ながらにして思いが到るほど、対象化して観る以上に、同化して感じさせるだけの力を持った作品であったわけだ。それを実感として確認できたように思う。そういう意味では、歳を重ねるのも悪くはないという気もした。 そして、そのように同化して感じるものが性的興奮よりも、少々投げ遣り気分も含んだ哀切のなかで、しようがねえなぁと微笑む慈愛の感情だったりするところが、やはりなかなか味な作品だった。 参照テクスト:松浦理英子 著 『親指Pの修業時代(上・下)』読書感想 参照テクスト:松浦理英子 著 『犬身』読書感想 参照テクスト:勝目梓 著 『悦楽』読書感想 推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より http://www.j-kinema.com/rs200012.htm#愛のコリーダ | |||||
by ヤマ '01. 3.21. 県民文化ホール・グリーン | |||||
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