三菱鉱業(株)美唄鉱業所 我路の沢浄水場跡 探検: 北の細道 美唄市我路簡易水道跡

我路の沢浄水場跡で滝に会う




北海道美唄市

 昭和52年6月、「蛇口からの水で米を炊くと、米飯が黄色くなる」という苦情が続発した。
美唄市水道課がこの水道水を北海道立衛生研究所に持ち込み水質検査を行った。

その結果、この浄水場からの浄水はpH値がやや高く、蒸発残留物が多かった。
蒸発残留物というのは混濁物質、カリウム化合物、鉄化合物、ナトリウム化合物などで、
水質分析の結果、含まれるナトリウムが一般の水道水の場合は8-50ppmに対し、
360ppmと著しく高かった。
(ppmは「parts per million(パーツ・パー・ミリオン)」、 100万分の1という割合のことで、0.0001%…1ppmである)

高濃度のナトリウム化合物を含む水で炊飯した場合、米が黄色を呈する。
これは美唄市我路簡易水道、我路の沢川を水源とする本浄水場での話である。

  美唄市にはかつて 三井系一山 三菱系二山( 茶志内鉱業所美唄鉱業所) 、
その他中小合わせると12〜13の炭鉱が存在し、
人口においてもピーク時の昭和31年には92,950人を記録している。

しかしながら昭和38年には三井美唄鉱業所、昭和42年三菱茶志内鉱業所、
昭和47年三菱美唄鉱業所の大手炭鉱の閉山と共に中小炭鉱の閉山が相次ぎ、
昭和48年の北菱我路炭鉱の閉山を最後に美唄市から炭鉱の灯は消えることとなる。

それだけの暮らしを支える浄水設備は市の施設とは別に、
大手財閥の炭鉱経営会社が独自に浄水場を設置し、その暮らしを支えていた。
閉山に伴う旧炭鉱専用水道施設は生活用水確保のため市に資産譲渡手続きが行われ、
簡易水道事業として認可後、運用されてきた。

それもやがては人口減少によって、その機能を終え、
浄水場の廃祉だけが野に残る。


今回はそんな浄水施設の探索だ。
かつての水質トラブルの原因と共に
そんな来由を調べてみたいと思う。




池棟・開閉台・滝・・・



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