映画「剱岳 点の記」

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【剱岳(2999m)の登山】


蕎麦粒岳で登山に目覚めた私が、まず登山に対してこだわったのは「標高差」でした。

山頂の標高がいくら高くても、登山口の標高まで高ければ、正味のアップは少ないわけで、

登山口から山頂までの標高差が大きければ大きいほど、登り甲斐があるだろう・・・と思ったのです。



蕎麦粒岳は、登山口が1020mで、山頂が2320m。標高差は1300mでした。

ここから、この標高差以上の山への挑戦が始まります。

白山  (標高差1442m:登山口1260m → 山頂2702m)

乗鞍岳 (標高差1466m:登山口1560m → 山頂3026m)

空木岳 (標高差1504m:登山口1360m → 山頂2864m)

前穂高岳(標高差1585m:登山口1505m → 山頂3090m)

北岳  (標高差1673m:登山口1520m → 山頂3193m)

奥穂高岳(標高差1685m:登山口1505m → 山頂3190m)

槍ヶ岳 (標高差2090m:登山口1090m → 山頂3180m)

剱岳  (標高差2259m:登山口 740m → 山頂2999m)

富士山 (標高差2336m:登山口1440m → 山頂3776m)

蕎麦粒岳に登ったのが2009年5月26日で、そこから3ヶ月の間に9峰。

ちょっとやり過ぎでしたね・・・。



最もハードだったのは剱岳でしたね。

標高差だけで言えば富士山の方があったのですが、足場の悪さなども含めると、剱岳はしんどかったです。

このときも往復で12時間を超えてしまったのですが、

途中、集中力を切らさず、登頂して無事に下りてこれたのは、ある映画の存在が大きかったです。

写真で私が着ているTシャツに書かれている「剱岳 点の記」です。



【映画「剱岳 点の記」】


「剱岳 点の記」は、2009年6月20日に公開された映画で、

明治時代の山岳測量に挑んだ男たちを描いたものです。



「富国強兵」をスローガンに海外進出を企てていた明治政府は、

国防のため、日本全土を完全に把握する必要がありました。

そのため、全国をくまなく測量していったのですが、最後に残ったエリアが剱岳周辺だったのです。

山の険しさ故に、それまでことごとく失敗していた剱岳の測量。

その任務を命じられた、参謀本部陸地測量部の柴崎芳太郎とその仲間たちは、

数々の困難を乗り越え、剱岳の登頂に成功したのでした。・・・詳しくは映画を御覧ください。



この映画が公開された頃、私は前述のようにガンガン山登りをしていたので、

登山のハードさなどを身をもって体験していました。

登ることが目的ではなくて、登ってからが仕事である測量官たちに比べれば、ただ登るだけの私。

測量官たちも同じ人間だったのだから、私にも登るくらいはできるだろう。

その思いが後押ししてくれましたね。

映画視聴後の2009年8月25日に、私は剱岳に登頂しました。



ところで、映画「剱岳 点の記」は、山岳測量の話だったので、当然のことながら測量の話が随所に出てきます。

これに触発されて、測量についていろいろ調べていくと、数学の知識が出てくるわ、出てくるわ。

測量の基本知識は、高校数学の「三角比」です。「サイン、コサイン、タンジェント」というやつですね。

山道を歩いていると、「三角点」と呼ばれる石柱を見かけます。その位置の情報を示したものです。

三角点の位置を決めるのに用いた測量技術が、図形でいう三角形の角度を測ることに相当し、

三角比の知識を使って計算していた「三角測量」と呼ばれる方法なのです。



これで、「蕎麦」→「登山」→「測量」が繋がりました。

えっ? 少々強引だろっ!って?・・・気にしない、気にしない。まぁ、そんなもんですよ(笑)

さて、いよいよ次回から測量の話に入っていきましょう!


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