将軍の鷹狩と休憩所 |
御殿のあった井頭池の図(江戸名所図会より) |
ちょっと寄り道します。
江戸御府内88箇所霊場を歩いていると、将軍が鷹狩をした際に、休憩所や御膳所として使われたと云う由緒のある寺院に出会う。豊島区高田の第29番南蔵院には、三代将軍家光が御殿を造営したと伝わり、江古田にある第2番東福寺には、やはり三代将軍家光が休憩したと伝わっている。また、東福寺には、八代将軍吉宗も休憩したと伝わり、旧本堂には御成りの間があったと云う。石神井にある第16番三寶寺では三代将軍家光が休憩したという由緒から、山門を御成門と称している。 将軍の鷹狩は、単なる娯楽ではなくて、政治的な意味合いが深く、治世の手段として、一般庶民まで関わった裾野の広い放鷹制度として運営されていた。家康、秀忠の時代は、宿泊を伴う鷹狩が多かったようで、幾つかの御殿が設けられている。 江戸府内近辺の主な御殿は、今は東京拘置所になっていている葛飾区小菅に設けられた「小菅御殿」、御殿山として地名が残っている武蔵野市御殿山の「井の頭公園」、葛飾区青戸の葛飾城があったと伝えられ、跡地が御殿山公園として整備されている「青戸御殿」、府中市大国魂神社の西側にあった「府中御殿」は、その名残として府中街道に御殿坂がある。練馬区北町にあった「練馬御殿」は、北町小学校の田柄緑道に面した場所に、「徳川綱吉御殿跡之碑」があって、その場所を伝えている。 三代将軍家光の時代からは日帰りによる鷹狩が定着して、小規模の休憩所が整備されて行ったようだ。それは、御善所、御休憩所、御立寄所、御弁当所などと呼ばれ、将軍の鷹狩の度に設定されている。寺社や、名主の家が指定されることが多かったようだ。御善所として指定された主な施設を文献(根崎光男、『将軍の鷹狩り』同成社 1999)を参考に、私なりに注釈をつけて整理してみた。 墨田区堤通りの「木母寺」、葛飾区小菅にあった「伊奈半左衛門屋敷」、葛飾区東四つ木の「木下川薬師(浄光寺)」、目黒区大橋二丁目にあった「駒場御用屋敷」、江東区亀戸の「亀戸天神」、同じく亀戸で江戸御府内88箇所の第40番札所「普門院」、江東区の小名木川と旧中川が交差する場所に江戸幕府が設け、出入りする船を検査した「中川番所」、音羽の護持院で今の「護国寺」、中目黒にある「祐天寺」、沢庵和尚が開いたという北品川の「東海寺」、南大井にある「磐井神社(鈴ヶ森八幡宮とも云う)」、北区上中里から西ヶ原にまたがって設けられていた「御用屋敷」、深川にある江戸御府内88箇所の第68番「永代寺」、その他には、雑司ケ谷、千駄木の鷹部屋がある。鷹部屋とは、幕府の支配下にあって、鷹匠頭が置かれ、鷹を飼育するための重要な施設であった。 将軍が御成りになるということは名誉なことであり、東京お遍路で訪ねた寺院の中には、「徳川将軍御善所跡」の石碑があったり、「御成門」があったり、「御成りの間」があったと伝える石碑があったりして、今でも語り継がれている。 一方で、将軍の御成りとなると、隠密に行うわけにはいかないから、それぞれの役割が定められた供揃が必要であったろう。将軍の身辺を警護する役人は勿論のこと、身の回りを世話する大奥の女中に至るまで大層な行列になったと思う。 江戸幕府には、「鳥見」という役人がいたそうだ。鷹狩場の鳥の生息状況を調べたり、密猟の防止や治安維持、鳥の餌付け等が主な役割りで、必要に応じては周辺の農村から人員を動員する権限も有していたようだ。鳥見役には、江戸府内に詰めている「筋掛鳥見(すじかけとりみ)」という役職があって、将軍が鷹狩に出かける際に、御善所の整備や御膳賄の指揮に当ったという。御善所に指定された寺院等は、この「筋掛け鳥見役」の指示に従ったと云うわけだ。 幕府指定の鷹狩場では、許可なく鳥や魚を取ることが禁じられている。農民は、将軍が御成りになるときに、狩場で鳥獣を追い出す勢子人足、湿地帯の土木工事を担う水夫人足などとして動員されたそうだ。また、季節ごとに鳥の餌となる虫類を上納していたという記録もある。鷹の餌として犬も上納されており、この餌犬を飼育する組織があって、末端では農民が、その役割を担っていたようだ。鷹狩は、穫り入れ後や田植え前に行われたようだが、馬が乗り入れて荒らされた田圃の後始末は、これまた大変な労役を蒙ったに違いない。 ここまで書いてきて、先ほどの文献に目を移したら、鷹狩における農民の負担は多岐に亘っていて、その役割は複雑極まりない。ここで単純に箇条書き出来るようなもんじゃない。私の頭脳では説明出来ないので、この文章は、これで終わりとする。 つまりは、御善所に指定された寺院で修行に勤める人々や、近郷で農耕に携わる人々には、名誉に関わりなく、大きな負荷が掛かったであろうことを書きたかったのだ。 (2012年9月28日 記) |
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