坂道と自転車  画像
東京の地形
 


 ちょっと寄り道します。
 東京の街は、武蔵野台地の東端に位置している。台地は浸食によって刻まれた谷が入組み、鹿の角のような複雑な地形になっている。谷と谷の間に形成されている高台は、北の方から成増台、豊島台、本郷台、淀橋台、目黒台、久が原台であったりして、いわゆる山の手を形成している。そのため東京の街には坂が多い。現在では、地形の起伏よりも大きな建物が林立しているので、この目で地形を理解するのは難しい。
 私は、昭和30年代の初め、早稲田大学文学部に憧れて上京したのだが、受験は見事に失敗した。日本経済は高度成長時代に突入し、東京の街は活気に溢れていた。しかし、至るところが掘り返され、土埃と自動車の排気ガスで空気は濁っていた。黒い雲の下に東京があった。そんな時代である。
まずは、食住の確保をしなければならない。知人を頼って、町工場に住み込みで働くことにした。秋葉原に近い神田の一隅にあった封筒を作る工場である。
 製袋作業は職人さんの仕事であり、出来上がった封筒を箱詰めにするのは女性の仕事である。箱詰めされた封筒を得意先に自転車で配達するのが私の役割であった。封筒は紙の固まりだから、三千枚、四千枚と重なると重くて、取り扱うのが、すこぶる厄介だ。
 自転車の荷台は、大きくて頑丈に出来ている。その上に板を張って荷物を載せる面積を広げている。自転車を止めるスタンドも頑丈で、安定するように三角形の構造になっていて、しっかりと地面に固定出来る。荷物も重いが、自転車も重い。自転車のペダルを踏みながら坂を上るのは容易ではない。
 長い坂道を上る時は、最初から自転車を降りて歩く。片手でハンドルを握りながら、自転車を抱えるようにして押しながら上る。それでも荷台の重力を支えることが出来ずに、ハンドルが浮き、後ろにひっくり返ってしまうことがある。一度前輪が浮くと、もうだめだ。ハンドルは中に浮いている。自分の力では支えきれなくなってしまう。とにかく、一旦、荷台の商品を傷つけないように、精一杯の力で支えながら自転車を横向けに倒す。荷台に縛り付けた封筒を自転車から降ろし、自転車を安定した場所に立てて、最初から積みなおす。雨の日は前輪がスリップしやすいから、危険は倍増する。それに商品を傷めるし、泣きたくなる。
 神田から大塚の得意先まで封筒を運ぶことがある。今の文京区役所から中央大学に続く富坂は、私にとって最大の難所であった。慣れてくると遠回りであっても勾配の少ない道を選ぶ知恵が働くようになったが、この富坂だけは避けて通れない。富坂では何度も自転車を引っくり返し、傷ついて商品価値のなくなった封筒を持ち帰っては、怒られていた。
 上京するまでは、東京の街は関東平野の要の位置にあるのだから、ただただ、平坦な町が連続しているものだろうと思っていた。認識不足だった。
 東京の坂道に泣かされたのは、僅か半年足らずである。今では、起伏に富んだ東京都心部や山の手地域の傾斜地など、都市形成に与えた坂道の役割を勉強したいもんだと思っている。(2011年8月11日 記)
 


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