仏様の位(くらい)  
多宝院の谷中吉祥天

 
 ちょっと寄り道します。
 谷中寺町を歩き多くの仏様との出会いがあった。自性院、長久院、観智院、観音寺のご本尊大日如来。多宝院の多宝如来。明王院、加納院、観音寺の阿弥陀如来。観音寺には大日如来と阿弥陀如来、二仏のご本尊がいらっしゃる。多宝院の多宝如来は、一般には馴染みの薄い如来だが、過去仏と云われ、釈尊以前に悟りを開いた無数の仏様の一人で、釈迦如来像とともに一対で表現されることが多い。
 多宝院には、谷中吉祥天の祠があった。自性院には愛染明王を祭る愛染堂がある。長久院の本堂前には閻魔天の石像があり、観智院の明王堂には、不動明王、降三世明王、軍茶利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王の五大明王が祀られている。明王院のご本尊、阿弥陀如来の脇侍には、日光・月光両菩薩のほかに、地蔵菩薩、不動明王が祀られているそうだ。
 この日は、如来から菩薩、明王から天部に至るまで、実に多士済々の仏様との出会いになった。寺院を巡っていると、仏様の種類や数が多すぎて混乱してしまう。私は、この混乱を避けるために、仏様に階層をつけて整理している。仏様に位を付けるなんて、誠に無礼千万な解釈だが、ビジネスマンであった私には、会社組織になぞらえて覚えるのが手っ取り早い。如来が取締役、菩薩は部長、明王を課長、天部は係長である。羅漢や、弘法大師、一遍上人などの高僧は修行中の身なので仏とは言わない。その他一般社員である。
 如来は一般的に、釈迦如来、阿弥陀如来、薬師如来、大日如来などが知られているが、詳しく調べていくと多くの如来がある。差し詰め釈迦如来は取締役社長と言ったところか。
 菩薩は如来の候補生であり、その中でも弥勒菩薩は、釈迦如来が入滅して五十六億七千万年後に如来に昇格することが約束されているエリート菩薩であり、将来の社長候補生でもある。
 明王を代表するのが、すぐに頭に浮ぶ不動明王で、大日如来の命令を受け、修行者を守る仏だと云われている。 天部は菩薩に比べて、その数ははるかに多い。よく知られているのは、帝釈天、毘沙門天、吉祥天、弁財天、大黒天などだが、「恐れ入谷の鬼子母神」も天女である。  四国八十八箇所札所の第76番金倉寺(こんぞうじ)に訶梨帝母(かりていも)堂がある。縁起には、日本で最初に訶梨帝母が出現したのが、金倉寺なのだと書いてある。サンスクリット語では「ハーリティ」と呼び、その音のままに写したものであり、漢訳したのが鬼子母神で、子授け、安産、子育ての神様である。
 鬼子母神は夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産んだが、その性質は凶暴残虐で近隣の幼児をとって食べ、人々から恐れられた神である。釈迦は彼女が最も愛していた末っ子の愛娘を隠して、子を失う母親の悲しみを悟らせ仏教に帰依させたという。釈尊の戒めによって改心し、人々に尊崇されるようになったので、鬼子母神の「鬼」を表記するとき、第一画目の点を外して書いてあるお寺もある。角が取れた鬼子母神である。
 羅漢とは、お釈迦様の弟子達のことで、修行中の身分である。だから、どの顔をみても、仏の顔とは違って喜怒哀楽を表現し、人間味のある身近な人々を思わせる表情をしている。そう言えば誰かに似ているな、と思わせる羅漢像もある。
 これも四国八十八箇所札所、第66番雲辺寺(うんぺんじ)で出会った光景だが、本堂の裏手に羅漢の石像群があった。どの石像も高さが二メートル以上もあり、その手に犬、猿、豚、魚、蛇などを抱いているのもある。それが何を表しているのか分らない。ただ、巨大で百体以上もあろうかと思われる石像の群れと、その異様な姿に圧倒され、不気味さを覚えたものだ。
 仏様に階層を付けるのは、やはり不謹慎だなぁ、と後ろめたい気持ちになる。仏像には様々な種類があるが、すべての仏は一つであり、その役割ごとに、色々な仏様に化身した姿が仏像に表現されているのだと考えよう。 (2012年4月15日 記)

 
 


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