第15番南蔵院(なんぞういん)

      山号 瑠璃光山(るりこうざん)
      住所 練馬区中村1-15-1
      参詣 2012年7月2日
          2012年7月21日
 

南蔵院の鐘楼門
   
 この日、南蔵院に到着したのが4時20分。閉門時間の4時を過ぎていた。折から、巨大な重機で境内の伐採工事が行われていた。鉄製の頑丈な門塀の向こうに警備員がいたので、境内に入る許しを乞うたが、駄目だった。数日後に改めて出直した。暑い日を避け、涼しく思える日に出かけて来たのだが、やはり、歩いていると流れるように汗をかく。水分の補給は欠かせない。
 南蔵院は、古刹という表現が合う。東京お遍路、マンション寺院やらビジネスビル寺院、民家と紛う豪邸寺院などを見てきた目には、これぞ、求めていたお寺の佇まいじゃないか、という新鮮な驚きがある。江戸期に建立されたという本堂や、やや色褪せてはいるが、朱色の鐘楼門、黒い長屋門に出会う。閻魔堂や薬師堂もある。鐘楼門の脇には、練馬区有形指定文化財と書いた立札があった。
 『新編武蔵風土記稿』には、「新義真言宗上練馬村愛染院末、瑠璃山医王寺と称す、慶安2年薬師領12石8斗の御朱印を賜へり、縁起を閲するに、永正年中僧良弁(良弁僧正とは異なり)諸国の霊場へ法華妙典を納め、志願畢りて後當寺に錫をとヽめ、妙経を埋めて一箇の塚とす、今村の中程に良弁塚と称するもの是なり、然してより此寺にありて修法怠らさりしかは其功空しからさるにや、或日薬師の像を感得せり、よりて堂宇を興隆し其像を安置すると云、今の本尊是なり、秘仏として33年に一度龕を開けて拝せしむ、又當寺より白龍丸と云う薬を出せり、會て良弁が夢中感得せる霊法の薬丸なり、諸病に験ありと云う、」とある。
 ここにも、梅照院、新井薬師の「夢想丸」と同じように、「白龍丸」の寺伝がある。ただ、この「白龍丸」は、明治3年(1870)に「売薬取締規制」が制定されたのが切っ掛けとなって、製造が中止されたそうだ。そういえば、南蔵院の御本尊も、梅照院と同様に、薬師如来様だ。それと、「良弁塚は南蔵院の西北500mの場所にある」と、掲示板に書かれていた。
 鐘楼門について、新編武蔵風土記稿には、「正徳5年の鐘をかく」と記されている。正徳5年(1715)に鋳造された梵鐘を吊り下げたと云うことは、鐘楼門は、その前に建立されたと云うことだろう。ただ、梵鐘は戦時中に供出されて、昭和43年(1968)に新しく鋳造されたものだそうだ。
 本堂の扉が70p程の中途半端な幅で開いていた。参拝者のために開かれているのか、あるいは法要の後に閉め忘れたのか定かでないが、須弥壇を正面にして、般若心経を唱えることが出来た。
 (2012年8月25日 記)
               
 
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