室根山のふもと

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 「ノラネコ 後編」の続き、「 クロ2世 」です。


飼い猫宣言

 年が明けて1月2日の朝、妻は「あしたは先代クロの命日だから、あしたからクロを飼うことにするからね」と宣言した。「猫はもう飼わない、って言ってなかった?」と問い返すと、「諸行無常だから」と言う。変節の合理化に諸行無常が使われるとは意外だったが、4匹もいた子ネコのうちたった1匹生き残ったのが「クロ」だったのだから、私も偶然とは思えない縁を感じていたので、異存はなかった。

 翌1月3日、妻は先代クロの墓に向かってお経を上げた。「これで一段落ついたから」と言って、母屋の廊下に「ねこつぐら」(「甘やかしのツケ」その4参照) を置き、縁側のサッシを開けてクロが入ってくるのを待った。

              
                          < 母屋の縁側に上がったクロ >
 

 それから程なく、離れから母屋へ続く廊下を歩いていくとクロが母屋の縁側に上がっているのが見えた。それで離れに戻ってカメラを手にし、庭から望遠で撮ったのが上の写真。
 初めは廊下の端に座って周りを見回していたが、やがて「ねこつぐら」をかじったり、上に乗っかったりして遊んでいた。妻の期待に反して「ねこつぐら」の中に入ることはなかった。 (あとで取っ手の根元の赤いリボンを引きちぎって前肢で転がしては追いかけ、おもちゃにしていた)

 「ねこつぐら」をいじるのも一段落すると、キョロキョロ周りを見回し、廊下沿いに探索を始めた。そして妻が廊下に用意していた削り節入りの残飯に気づくと、ペチョペチョ食べはじめたのだった。          

                  
                      < 廊下に置いた餌を食べるクロ >


案外早く慣れ  

 こうして一週間もすると、クロはなついてきた。
 下の写真はサンルームでの様子。私のセーターを編む妻の側でのんびり毛づくろいをしたり、妻が手をのべるとすなおに抱かれるようになったのである。

          
                     < 思惑通りクロがなついて満足げな妻 >


軽業師  

 それは書斎でも同様で、読書中の私の膝に飛び乗り、居座るのだった。さらに、先代クロもしなかった大胆な行動を取るようになった。

                    

 上の写真は、書斎の隅の本棚の上に登って遊んでいるところ。その様子が面白くて撮ったのだが、この後もクロは何度か本棚登りを繰り返した。
 ある日クロが最上段を歩いていると、単行本が半分ほど一斉に崩れ落ちたことがある。本もろとも転落したクロは、空中でくるっと一回転すると、見事に着地を決めた。
 しかしさすがにその後また登ることはなくなった。


避妊手術

 2月初め、先代クロが手術してもらった一関の動物病院で避妊手術をすることになった。猫用の檻があったので、それに入れて行くことにした。妻は「檻に入れるのはお父さんがやってね。出す時は私がやるから」と言う。

 翌朝出かける際、車の後部座席でクロを檻に入れようとしたらかわいそうになった。それで「抱いていったら?」と妻に声をかけると、妻も「そうね」と相槌を打ったので助手席にいる妻に渡した。病院に着くまでの50分間、不安げなクロに妻は話しかけ続け、あやしながら行った。

 19年ぶりに訪れた動物病院は、前回手術してもらった妻の友だちの女医さんは亡くなっていた。癌だったという。後を継いだ、女医さんの面影を宿す子息が手術してくれることになった。クロは2泊することになっていたので、2日後迎えに行った。 

 妻は「今度はお父さんだけでいいでしょ?」と言って、一緒に行くことを肯んじない。しょうがないので私1人で迎えに行ったのだが、お陰で帰りの50分間、クロは檻の中で出口を探してあちこちひっかき周り、悲しそうな声で鳴き続けたのだった。
 家に帰ると、妻は「クロちゃん、お利口だったねえ」と言っていそいそと檻からクロを出し、抱き上げて頬ずりした。

 下の写真は手術後のクロの、毛を剃られた腹部と小さな手術跡。毛の無い上部に小さいシミのように見えるのが手術痕で、傷跡は思ったより目立たない。

              
                        < 手術で毛が剃られた腹部 >


狩猟本能

 クロが初めて獲ってきたのはモグラだった。

                        
                           < モグラをいじるクロ> 

 離れの座敷でクロがちょっかいを出している黒いものがある。モグラだった。気づいた時にはすでに死んでいたが、喰おうとしないでただいじって遊んでいるのだった。
 クロが飽きたころを見計らって取り上げ、裏の大川に通じる排水溝に流してやった。

 次はネズミだった。

                      
                          < 子ネズミで遊ぶクロ> 

 「クロがまたモグラを獲ってきてる!」と妻があわてて告げに来たので仏間に行ってみると、ピョンピョン跳び上がって前肢で転がしているものがある。よく見ると子ネズミだった。
 すでに死んでいたが、これも喰おうとはせず、しばらくもてあそぶと興味を失ったらしく見向きもしなくなった。
 これも火ばしでつまんで裏の排水溝で水葬にした。モグラは食べなかった先代のクロも、ネズミは肝臓だけ残してきれいに平らげるものだった。それからするとクロ2世の対処の仕方は意外だった。
 


吊り紐に宙づりに

 高い所が好きなクロは、パソコンのディスプレーの上にひょいと乗ると、天井の照明用の吊り紐と戯れていた。

                       
                        <吊り紐にじゃれるクロ >                    

 面白いので写真に撮ると、今度はかじり始めた。

                       
                            <吊り紐をかじるクロ >
 

 写真ではここまでなのだが、この直後事件が起きた。
 突然クロがディスプレーからずり落ちて、右前肢が吊り紐に絡みついたまま宙づりになったのである。
 それは右前肢の爪が吊り紐の先端の取っ手に引っ掛かって取れなくなったせいだった。

 その時は驚いてすぐクロを抱き上げ、引っ掛かった爪を外してやったのだが、その前に宙づり写真を撮っておけば良かったと悔やまれる。


頭を突っ込んで引き戸をこじ開ける

 先代のクロは、前肢をそろえて引き戸を上手に開けてから堂々と入ってきたのだが、2世のクロは不器用である。

                   
                          < 引き戸をこじ開けながら入るクロ >
 

 まず片方の足をねじ込むように隙間に差し入れ、その片足分空いた隙間に鼻面を押し入れてムリクリねじ込み、それから両肩を交互に揺するようにして戸をこじ開けながら入ってくるのである。なんとも不格好な入り方。

 妻とは、クロ2世は要領が悪く進歩が見られないので、頭が悪いんじゃないか、と話したりしている。


顔を嘗める癖

 先代との違いと言えば、顔を嘗めることである。
 2世も夜は布団に入ってくるようになった。先代と違って夜中に外出することは無いのだが、その代わり(?)よく顔を嘗めるのである。どうも毛づくろいの感覚で嘗めているようで、先代は布団の中で毛づくろいをすることはほとんど無かったが、2世は布団の中や枕の上で毛づくろいをしている。その続きのように嘗めてくるのである。

 初めのころは珍しさもあって嘗めさせていたのだが、顎や額ぐらいならともかく頬や目、唇もかまわず嘗める。
 猫の舌は意外にざらついて、痛いのである。クロも嘗めはじめはやわらかく弱めなのだが、次第に熱が入って力強くぐいぐいと嘗めてくる。そうなると一面のトゲでこすられるような傷みが生じる。

 コラッと言って止めさせるのだが、これを眠っている時にもやられる。突然ゾリゾリッとほほをなぞられ、傷みにおもわず目を覚ますことも度々なのである。

 その度に叱りつけていたら幾分緩和されたのだが、それでも時々ゾリゾリで目が覚める。 


ひんぱんな首掻き

 先代もよく首を掻いていたが、2世の首掻きは先代の5・6倍は頻度が高い。もしかして白癬菌(「甘やかしのツケ その5」参照) が住みついているんじゃないか、と妻に言うと、笑って相手にしない。

 しかし寝ている時に枕元で激しく首を掻かれると、そのかゆみの元がぱらぱらと私の顔や首に落ちてくるような気がして、気が気でない。このままではまた白癬菌の被害にあうのではないか。


他人を見ると脱兎のごとく

 私たちにはすっかりなついて甘えすぎではないかと思われるクロも、他の人が来ると一変する。すっかりノラネコ時代に戻って、脱兎のごとく逃げるのである。

 クロが居間のこたつに入っている時に玄関で来客の声がすると、こたつからすっと出て、廊下に出ると全速力で逃げ走り、廊下の端のクロ専用に少し開けてあるサッシの隙間から外に飛び出す。

 その時の走り方はノラネコ時代とすっかり同じである。平べったく身体を伏せ、蛙のように這いつくばったままバタバタ走る。そんな格好ではかえって走りづらいのじゃないかと思うのだが、逃げ出す時のこのへんてこな姿勢は変わらない。

 ノラネコ時代と変わらないことと言えば、庭を歩く時にも先代はしっぽを上げて堂々としていたのだが、2世はしっぽも下げ気味で、おどおどした感じがまだ抜けない。やはり8ヶ月ほど過ごしたノラ生活の習性は、2・3ヶ月飼われただけではなおらないものらしい。

 習性と言えば、食事の際もまだノラの習性が抜けない。
 クロの餌は妻が台所に用意しておくのだが、それを食べているところに我々が入っていくと、クロは上目遣いになり、悪いことをしているところを見られたようにこそこそ逃げ出す。
 わが家での食事が許された権利だとは思っていなくて、いまだ盗み食いをしているようなそぶりである。

 飼い猫だという自覚が不十分で、まだ自分はノラだと思っているのかもしれない。  


母猫メグサとの対決

 母猫メグサは晩秋に子離れを終えていた。それでも時々わが家の庭にやって来るのだったが、クロが飼い猫になってから事件を引き起こした。

 私が居間にいると、突然「メグサッ」と叫ぶ妻の声がした。それから「クロッ、クロッ」と叫ぶ声もする。なんだろうと思って廊下に出ると、妻が今見たことを興奮して話してくれた。

 庭でクロと出会ったメグサが、うなり声を上げてクロを威嚇したのだという。するとクロは庭木に登って逃げ、「口がオオカミのように裂けた顔」でメグサに挑んだとのこと。しかしかなわず木の上から隣の屋根に飛び移って逃げ、一転して転げ落ちるように下の側溝に飛び降りると、どこかへ逃げて行ってしまったという。

 その後私もメグサがクロを威嚇して追いかける場面を2度目撃した。あれほど子ネコたちをかわいがったメグサが、いまでは親子の意識もなくなったのか、最後まで一緒だったクロを攻撃している。体格も劣るクロは立ち向かえず逃げるだけだった。

 自分の家なのにメグサが来ると逃げ出すのではクロがかわいそうだ。それでやむをえず、メグサを見かけたら追い返すことにした。「コラッ」と声を上げてメグサを追い払う仕草をすると、初めはきょとんとしていたメグサも、やがて私を見ると逃げるようになった。

 一時は頭を撫でてやり、「おやつ」をやって子ネコたちと一緒に食べるのを喜んで見ていたのに、そんな私がメグサに敵対行動を取るようになるとは。
 寂しそうに振り返りながら去っていくメグサの後ろ姿に、これも飼い主としてクロを守るためだ、と自分に言い聞かせた。いまは私たちがクロの親代わりなのだから。 
 それでも納得のいかない感情がいつまでも残るのだった。

                              < これで「クロ2世」はひとまず終わりです >                     
                              

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