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 飼い猫クロの「甘やかしのツケ」その5です。

             
                           < あ く び >
 

雨 の 日

 クロは玄関を自分で開けて自由に出入りできるので、雨の日は大変である。廊下はむろん畳の上、さらにはテーブルの上まで泥足で上がって汚す。
 妻は甘いので、声だけは大仰に「クロッ、ダメよ!」と叫んでみるのだが、その後はせっせと足跡の掃除にかかる。私は、「せめてテーブルの上には上がらないように、お仕置きしたら」と言ってみるのだが「お父さんやって」と取り合わない。

 私は仕事の合間にヨガをやって気分転換している。その敷きっぱなしのヨガマットもクロの泥足で何度も汚された。読書に夢中で泥足とは知らずに膝に上げ、あわてたこともある。
 その都度私も怒ってはみるのだが、なんで怒っているんだ、という顔で見上げ、しつけにならない。そして部屋の隅で濡れた毛並みを器用になめながら、手入れをはじめる。 
 全身を一通りなめ終わってからやっと、足裏をなめ始めて、最後に爪の先を歯でひっかくようにして泥を落としている。これを最初に入り口でやってから入って来るようになればしめたものだが、もう手遅れである。


爪 研 ぎ

 爪の掃除と言えば、クロの爪研ぎのせいで我が家の柱は傷だらけである。居間だろうが書斎だろうが寝室だろうが、所かまわず背伸びして、前肢でガリガリと爪研ぎをするので、ぼろぼろになってしまった。幸い築60年を超える古さなのでもう気にせずにいるのだが、柱だけでなく畳でも平気で爪を研ぐので始末が悪い。
 見つけたときは「コラッ」と怒るのだが、キョトンと目を大きく開けて、これまたなぜ怒られたのかわからぬ顔をして平気である。

 やはり最初が肝心で、退職した今頃になって急にしつけようとしても無理なのだった。 

             
                           < 庭を散歩中 >
 


原因不明のかゆみ

 去年の7月下旬、右の耳の後ろがかゆくなった。ときどきポリポリ掻いていたのだが、それが悪かったのか右側ののどからあごにかけてかゆみが広がった。
 鏡を見ると赤くなって所々が腫れている。気になって気仙沼市の皮膚科のある病院に行って見てもらった。

 眼鏡をかけた中年のお医者さんは問診の後、肝臓が悪いかもしれないので血液検査をします、と言う。私は酒もたばこもやらないし、毎年の健康診断や退職間際に行った人間ドックでも異常がなかったので、検査はしなくても大丈夫です、と断った。

 しかしお医者さんは、血液を少し採って見るだけですから念のためにやりましょう、と聞かない。結局痛い思いをして採血され、かゆみ止めの飲み薬と抗生物質だという塗り薬を出してもらった。

 ところが、それを塗ってもかゆみは止まらず、その範囲は広がる一方だった。検査結果が出るという日にまた病院に行くと、案の定「異常なしでした」という。
 ( 検査には保険がきかないので、6千円以上の検査費の自己負担が無駄になったと家で愚痴をこぼすと、妻は安心料だからと慰めてくれた )

 そして、効果がなかった薬に替えて、塗るとテラテラ光る別の塗り薬を出してくれた。
 しかしこれも一週間塗っても効き目が無く、かえってかゆみが顔の右側まで広がっていった。

             
                      < 裏庭のコンクリートの上で >

   
白 癬 菌 

 やむを得ず病院を替えて別の皮膚科に行ってみた。
 高齢で話し好きのお医者さんは、職業は何だったかと聞く。教師でしたと答えると、このごろ若者の言葉遣いが悪いのは国語の先生の教え方が悪いからだと思う、と独特の見解を披露する。私は教科までは明かしてなかったし、生徒の言葉遣いに対する高校の国語教師の影響力などほとんどゼロなので、反論する気も起こらずただ「はあー」とあいまいに返事した。

 問診の後、お医者さんの指示で看護師さんが顔の洗い方を教えてくれた。まず顔を水で何遍か洗い、次に石けんを手につけて数回こすりあわせてから耳の後ろまでていねいに洗う。それから水で石けん分をすっかり洗い流す。言われるまま洗面台で私が実演するのをじっと見守っていたお医者さんは、最後に「耳はもっとグニュグニュと揉むように洗いなさい」とつけ加えた。
 皮膚にはたくさん雑菌がついているので、清潔にしておくのが一番なのだという。

 ということは、洗顔が不十分だから雑菌がはびこってかゆみが生じたということなのだろうか。( 確かにこれまでは水でただジャブジャブ洗うだけで、石けんでこんなにていねいに洗うということはなかった )

 そしてここでも、抗生物質の塗り薬を処方してくれた。前の病院の薬とは違っていたので、期待しながら1週間塗り続けたのだが、かゆみは一向に消えなかった。それどころか赤みが増して症状は悪化する一方だった。言われたとおり3倍も時間をかけて実行している洗顔も、効果が見えない。

 2度目の診察に行くとお医者さんも症状の悪化に驚いたか、検査をすることになった。看護師さんが皮膚をカリカリこすってプレパラートで受け、それを顕微鏡で見るのだった。その結果は、「白癬菌」だった。
 お医者さんに促されてのぞき込んだ顕微鏡には、細長く白い菌糸が何本かアップで映っていた。これがのどや顔面で繁殖しているのかと思うと、さすがに気味が悪い。

 白癬菌が足などに寄生すると水虫と呼び、顔などに出るとタムシと呼ぶのだが、もともと同じ菌で、糸状のカビが寄生して起こる皮膚病だという。牛や猫などのペットからも感染するとのこと。
 それで一瞬、クロのことを思った。クロは毎晩私の枕の右側で丸くなって眠っている。それはちょうど私の肩の上、耳の裏側にあたる。そういえば最初にかゆかった右耳の下側は、毎晩クロが触れて寝ている箇所だった。

 そのことをお医者さんに話すと、うなづきながらそうかもしれないなと言う。そしてさらに、「そもそもペットなどと言って部屋に入れるのがおかしいんだな。猫はもともと畜生なんだ。どこを歩いてくるか解らないんだから、雑菌だらけなんで、私ならそんなもの蹴っ飛ばして外に放り出すんだが」と言う。

 そういえばクロはよく、後ろ肢で首筋を掻く仕草をやっていた。

             
                         < 首を掻くクロ >

 あれも白癬菌のせいなのだろうか。
 その話を妻にすると、妻は一笑に付し、信じようとしない。「だって私は何ともないもの」と言って、かえってクロをギュッと抱きしめてみせたりするのだった。
 クロには悪いが、私は掛け布団の縁にかけたバスタオルをクロとの間に引き込んで、直接首がクロに触れないように注意するようになった。

 何はともあれ病名がわかったせいで、その時処方してもらった塗り薬はよく効き、それから1ヶ月ほど経った9月半ばにはかゆみも消え、皮膚の赤みもなくなった。
 クロが犯人だという確証はないのだが、名前の示す通り限りなくクロに近いのではないか。

 これも好きなようにさせて甘やかしてきた、ツケなのだと思っている。

 
< 昼寝中の妻の上で … 勝手に悪口を書くな、とでも言いたげ >
   


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