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 飼い猫クロの「甘やかしのツケ」その4です。

                       
                             < 春先の庭で >
 

引き戸を開けて自由に出入り

 我が家は玄関も居間も引き戸なので、クロは自分で開けて自由に出入りする。前肢をそろえて爪を戸の隙間にあてがい、ゆっくり手前に引きつけるようにして、器用にこじ開けるのである。
 客がいたときなどは、居間の戸がスルスルと10pほど開き、ニャーッと鳴きながらクロが入ってくると決まって驚く。「自分で開けるの?。偉いね」などとたいがいの人が感心する。しつけたわけでもなく自然にそうなったのだが、なんだか飼い主がほめられたような気がしてまんざらでもない。

 中には「自分で閉めるの?」と聞く人もいたが、それはできない。自分で閉めてくれれば苦労もなかったのだが……。


クロの居所 

 クロが生まれたのは押し入れの中だった。

               
               < 6ヶ月足らずでスズメを獲ってきて戯れる クロの母猫ミケ >

 17年前のある日、ミケがニャーニャー鳴きながら居間に入ってきた。座っている私をまっすぐ見つめて何か訴えるように鳴くのである。それは初めての経験なので「どうした、ミケ」と話しかけてみたのだが、むろん会話にはならずただ鳴き続けている。そこで立ち上がってミケに近づいてみると、ミケは方向を変え、隣の部屋に向かって歩き始めた。私が立ち止まって様子を眺めていると、ミケは振り返って私を促すようにまたニャーッと鳴く。何かあるんだな、とミケの後を付いて隣の部屋に行くと、押し入れの上の段のふすまが10pほど開いている。ミケは私を振り返ってまた一声ミャーッと鳴き声を上げると、飛び上がってそこから押し入れに入っていった。

 押し入れを開けてみると、布団の上に重ねてある毛布の上に、生まれたばかりの子猫が3匹、身体を寄せ合って眠っているのだった。
 ミケはその横で、驚いている私を誇らしげに見つめ、それからしゃがんで3匹の子猫を交互になめ始めた。

 これがクロとの初めての出会いだったのだが、生まれた場所が気に入ったのか、結局クロが一番居所にしたのはこの押し入れだった。
 それは、押し入れの上に敷いてあるシーツなどが、クロの足跡や毛で汚れているのでわかるのである。クロは雨の日など汚れた足のまま入ってくるので、汚れるのであった。

 妻は押し入れの布団が汚れないように、その上に大きな風呂敷を重ねてカバーがわりにした。

    
ねこつぐら

 そしてある年、妻は旅行先から大きな土産物を買ってきた。それは栄村の伝統民芸品「ねこつぐら」という、藁で編み上げた猫用の家だった。

                  
                       < 「ねこつぐら」に入れられたクロ >

 妻は勇んで買ってきたのだが、肝心のクロは入ろうとしない。そこで、一緒に買ってきたマタタビの葉を「ねこつぐら」の中に入れておびき寄せ、クロが入ると「はいった、はいった」と手をたたいて大喜びするのだった。

 しかし肝心のクロは妻が喜ぶほどは関心を示さず、すぐ出てしまう。
 上の写真は、いやがるクロを無理に押し込め、すかさず写真に撮ったところ。いかにも不本意なクロの心境がよく写し出されている。

 1ヶ月ほど居間に置かれた「ねこつぐら」も、期待されたクロの利用がほとんどないので、妻は二階の物置代わりに使っている部屋に持っていって置いた。

 ところがそれから数年経った今年の秋、妻が二階に上がるとクロがその「ねこつぐら」に入って寝ていたという。
 念願かなって大喜びの妻は、その「ねこつぐら」を今度はクロが利用している一階の部屋の押し入れに入れて、ご満悦である。 

  
私の肩先で眠るクロ 

 しかし、クロは夜になると私たちの部屋に入ってきて、布団に潜り込む。だから夜は「ねこつぐら」を利用していない。昼も私が退職してからは書斎に来ることが多く、どれくらい「ねこつぐら」を利用しているかは不明である。

                      
                        < 読書する私の膝の上で >

 妻は時々クロをギュッと抱きしめ、「クロちゃん、かわいい」などと言ってほおずりし、迷惑そうに身体を反らして離れようとするクロをいっそうきつく抱きしめて、「クロちゃんは誰が好きなの? そう、お母さんが好きなの 」などとわざと私に聞こえるように独り合点し、悦に入っている。

 ところがクロは、夜寝るときは私の枕元に潜り込む方が多い。私は妻のような強引な愛情表現は不得意なので、クロのいいように寝かせているのだが、それが安心なのだろう。
 それが気に入らない妻は、私の方に来ようとするクロを「クロちゃん、こっちにおいで」と言って手を伸ばし、無理に自分の側に引き寄せて布団の中に引きずり込むと、「ムフフ、お母さんが一番なんだもんね 」と言いながら抱きしめる。クロの上げるギャーッという悲鳴にも構わず、逃げられないように取り込んでしまうのである。

 それでも妻が寝込んでしまうとクロは私の方に移っていることが多い。次に述べる事情もあって、少なめに見積もっても3分の2以上の割合で、クロは私の枕元にやってきてその肩先で丸くなって眠ることになるのだった。

  
夜中に窓を開け放して出入りするクロ 

 クロは、夜中に必ず部屋を抜け出す。自分で窓の障子とサッシ、ガラス戸の3枚の引き戸を開けて飛び降りるのである。
 私はその音で目が覚めるので、しょうがなく起き上がって3枚の引き戸を閉める。
 そして寝込んでいると次に、ドアの外でギャーッと鳴くクロの叫び声でまた眠りから覚める。寝室の入り口はドアなので、クロが開けて入ることはできない。それで大きな叫び声を上げて開けるよう催促するのである。私はしょうがなくまた起き上がってドアを開け、入れてやる。するとクロは間違いなく私の布団に潜り込んでくる。
 これが1回だけでなく、2回、ひどい時は3回も繰り返されるのである。どこで何をしてくるのか、猫が夜行性なのは分かるのだが、それにしてもその都度起こされるのはたまらない。

 ところが妻は、このクロの出入りが全くわからないのだと言う。戸を開けて窓から飛び降りる音も、ドアの外でギャーッと鳴いて催促する声も耳に入らないので、私がその都度起き上がって窓を閉めたりドアを開けたりしていることにも気がつかないというのである。
 居間でテレビのクラシック演奏を聴いていると、表を通るトラックのゴーッという音に繊細なバイオリンの音がかき消されるので、私はテレビの音量を上げる。すると妻は、音量が高すぎると言うのだった。妻にはトラックの騒音が全然気にならないのだと言う。
 夜のクロの出入りも、妻にはトラックの騒音と同じなのだった。私の神経は、雑音に敏感に反応し過ぎるのだろう。これが夜クロの出入りに起こされる不幸の源なのだった。

 妻は私に、いちいち起きないで放って置いたら、と言う。しかし窓を開けたまま寝ているのは不用心だ。夏には蚊が入ってくるだろうし、冬は寒い。
 それなら鳴いても入れてやらなきゃいいのに、と妻は言うのだが、クロはドアを開けるまで鳴き続けるのである。そのギャーギャー叫ぶ声が気になって眠れない。結局入れてやった方がその後眠れるだけましなのだった。

 思えばこれまで、クロの夜の出入りにその都度よく几帳面に付き合ってきたものだ。眠りを中断されることなくぐっすり眠れる幸せな夜を17年間に渡って失ってきたのだが、それも甘やかしのツケに違いない。            

                  
                     < ヨガマットの上の妻の足に絡まって >
   


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