無雙直傳英信流之実践

福嶋宗家ご指導事項」金子 光彦(出光支部長)

  (今回は、〝文献による探究〟ではなく、出光支部長の金子光彦六段が、平成25年
  7月20日・21日の両日に亘る阿号之会第二回関東地区指導者講習会並びに合同稽
  古会を通じて、無雙直傳英信流第二十四代宗家福嶋阿正齋先生に直接ご指導いただい
  た体験と記憶の中から、支部員への教材として作成したメモを引用させていただきま
  した。)

1.訓示(居合修業者としての心の持ち様)
   居合の稽古を長年積み、多少上達して行っても、初心の時から身についてしまった
  「古癖」が出るものである。一人稽古ではその「古癖」に気付くことが出来ない。必
   ず、二人以上で稽古するようにし、お互いに気付いたところは直し合うことが上達
   する道である。
   人から指摘されて気分を害するようでは、居合の修業者としては話しにならない。
   自分が気付かない間違った所、悪いところを教えてくれる人は、その人が同僚や後
   輩であっても、自らの「先生」と思うべし。
2.基本-礼法
 (1)  提刀は、刀を左手に持ち、刃を上に棟を下にして親指で鍔を押える。下緒の
     先端から三分の一のところを右手人差し指と中指の間に挟む。左腰に下げ、力
     を抜いた自然体が提刀の姿勢となる。
 (2)  着座の時の裾捌きは、左足を少し引いて右手で左裾を払い、素早く手を返し
     て右裾を捌いて座る。袴の裾は扇形に広がるを可とし、着座した後に手で修正
     するは不可。
 (3)  座礼は、左手を左膝前五寸程前に着き、次に右手を同様に着いて両手の人差
     し指と親指で「お結び(三角形)」になるようにして頭を下げる。礼をする際
     頭を身体の線より下げ過ぎず、襟と首の間が見えないように注意する。礼をし
     た後は、頭を上げ、右手、左手の順に手を床から上げて鼠径部(足の付け根の
     位置)に戻す。
 (4)  帯刀する時は、下緒の三分の一のところを右手人差し指と中指の間に挟んで
     とり、そのまま右手で鯉口を握り、人差し指を鍔の耳にかける(終礼の時は親
     指にかける)。刀を身体の前四、五寸のところに立てる。左右の膝頭と鐺が三
     角形の形になるようにする。左手を指ごと伸ばし、刀の物打部の鞘に添える。
     そのまま鐺まで滑らせ左腰に運ぶ。帯を刀に差す時は、身体から一重のところ
     に鐺から差して、袴の下紐の上に出るように帯刀する。二重では途中で緩む。
 (5)  下緒の扱い方については、下緒が短ければ、鞘の上部(刃側)を跨いで渡し
     後ろへそのまま下げる。(最近の下緒は長めに作られているので、一旦、鞘を
     跨いで後ろに下げた後、結び目を揃えて鞘の下側から下緒を前に出し、袴の紐
     の内側に挟んで固定するようにする。)
     ※下緒は、昔は敵と戦う時、袖を絡げる襷(たすき)として使った。その人の
      品格も示すものでもあり、上等かつ上品なものを選ぶよう心掛けて貰いたい。
3.基本-目付
 (1)  目付は、1間(約1.8m)畳2枚程先を、焦点を定めず半眼で全体を観ず
     る。    ※決して一点を凝視するのではない。
 (2)  業の最中は、必ず相手がいるところへ目を付けること。(あらぬ方を見ない)
4.基本-抜き付け
 (1)  抜き付けの際は、切先が鯉口の僅か手前まで来た瞬間に勢いよく抜くこと。
 (2)  その際、鞘手(左手)を強く引くが、「手で引く」のではなく、「肘で引く」
     「脇を締める」ことを心掛けること。
5.基本-斬下し
(1)   斬り下しは、右足を前に出し、左右の足はしっかりと腰幅分を開くこと。
     (安定のため)
 (2)  刀を振りかぶった時は、あまり刀を下に向けて下げない。剣先が背中から1
     尺8寸(約55㎝)程度離れていること。
 (3)  刃音がするように、刃筋正しく斬り下すこと。
 (4)  刀を丁度相手の頭部辺りで最大のスピードが出るよう、左手を手前に引き、
     右手を前に出す(右手を前に押すと同時に左手を顔側へ引く)ようにする。
 (5)  右利きの人は、勢い刀が頭の中心線から右側にずれて来る。自分では分から
     ないから他の人に観て貰って確認し、修正すべし。
6.基本-納刀
 (1)  左手の親指・人差し指で鯉口を蓋するように持ち、鞘を右前方へ少しばかり
     出すと同時に、右手首のスナップを効かせて刀身を左手の上部に乗せるように
     動かす。
 (2)  また、その刀身が左手の親指・人差し指の上部に乗ろうとする直前から、左
     手で鞘を後ろへ引き始め、右手は右前方に真直ぐに伸ばして、真直ぐに帰って
     来るようにする。(決して、柄頭が大きく上下左右にぶれないようにすること)
 (3)  座ったままでの納刀は、鐺が床にコツンと当たるようでは駄目。左の鞘手を
     放す瞬間に、鞘を少し連れて引き出すようにすること。
7.正座之部
 (1)  最初の抜き付けは、敵の目を斬るつもりで行う。(共通)
 (2)  前の敵へ抜き付ける時は、左手をしっかりと引くこと。(共通)
 (3)  抜き付けた時は、臍が前を向いていること。(胸が前に正対していること)
      (共通)
 (4)  血振いして立ち上がる時は、膝を全部伸ばして立たない。膝を屈し、居合腰
     のままで立つこと。(共通)
 (5) 「受流」の血振いは、右手の力を抜いて、刀を前方へ大きく回して行う。(こ
     じんまりとならぬように)
 (6) 「介錯」は、敵の首を斬るのではない。大事な友人、身内の名誉ある死を静か
     に迎えさせる業。その心を業に表すこと。また「首の皮を一枚残す」のは誤り
     で、「全て斬り落とす」のが正しい。
 (7) 「附込」は、右足・右手を前に出して相手の刀を受け止めたら、即座に右足を
     一歩進めて、上段を決め、そのままの流れでさらに右足を一歩前へ進めて中段
     まで斬り下して止めをさす。リズムを途中で切らないこと。
 (8) 「月影」は、右足を肩幅分とって前へ出し、正面から上段で斬りかかって来る
     敵の諸手を斬り付ける業。諸手を過ぎて、右の方まで大きく抜き付けないこと
     また、立ち上がる時には、左足を後ろへ下げない。
 (9) 「追風」は、第一刀目の横の抜き付けが大事。鋭く力強く抜き付けなければ駄
     目。
 (10)「抜打」は、敵が先手をとってこちらに斬りつけようとする害意を察するや、
     瞬時に前へ刀を抜いて、振りかぶって敵を斬り下す。但し、斬り下しの時に鐺
     が床にコツンと当たらないように、左の鞘手を放す寸前に、鞘を少し引き上げ
     ること。また、納刀の時には、左手で鞘を倒し、腰に水平に回すように寝かせ
     て納刀を行うと鐺が床に当たらない。
 (11) 正座の業四本は全ての業の「基本中の基本」である。これらの業がしっかり
     出来るようになれば、他の業の修業も難しくない。それ程難しく重要な業であ
     るから、良く修業すること。
八、立膝之部
※「横雲」記述省略、以下同様。
 (1) 「虎一足」は、立ち上がりながら刀を右足の前に弾くようにして抜き放つが、
     決して、刀が鞘から抜けた後に、それを右足前に打ち下ろすようにしてはいけ
     ない。鞘手を後ろへ引くことによって、刀が右前方へ弾き出るように抜き放つ
     こと。
 (2) 「浮雲」では、立ち上がって左に開く時も、柄を右胸前に引き付けた時も、両
     脇をしっかり締めて、決して肘を上げないようにしなければ力を充分に発揮す
     ることは出来ない。
 (3) 「颪」の最初の当ては、脇を締めて敵の顔面を捉えるように行うこと。決して
     脇を開けたり、高過ぎる位置まで当てを入れる必要はない。
 (4) 「鱗返」「浪返」で、回転して抜き付ける時、昔は、左足を引き過ぎず、二足
     長の位置に左爪先を置き、左膝を床に着ける寸前でピタ リと止めた。それが出
     来るようになって欲しい。
 (5) 「瀧落」の最後の右手での突きは、突手で掌を下に向けてしっかりと突くこと
     先生によっては、掌を上に向けて突く指導をしているところもあるようだが、
     それではしっかりと突けない。少なくとも英信流の突きは、掌を下に向けた突
     手で行うこと。
 (6) 「真向」は、「抜打」とほぼ同じような業だが、「抜打」の場合よりも相手が
     こちらを斬ろうとする仕掛けが早いという理合であり、それだけに刀を受け流
     しするように早く抜きながら瞬時に振りかぶって、正面の敵に斬り下す。
九、居業之部
 (1) 「霞」の最初の抜き付けと斬り返しは、「1」「2」という別々の動作ではな
     く、「1」と連続的に動作するものと心得て行うこと。先ず、右膝を立てて抜
     き付けると同時に、左膝が右足の踵に寄る。そして、さらに右足を出して斬り
     返すと同時に左膝が右足の踵に寄るようにすること。
 (2) 「戸詰」は、右の敵を袈裟斬りする時に、しっかり左手を引くこと。そして、
     次に左側の敵に斬り下す時は、臍をしっかり敵の方へ向け切ってから斬り下す
     こと。斬った後、血振いをして立ち上がる方向は、左側の敵が倒れている方向
     へ立ち上がる。
 (3) 「戸脇」「四方切」は、間が大切。とくに左後ろの敵を突き、右斜めの敵を斬
     り下した後、一瞬ここで間をとり、次の左前と正面(「四方切」の場合)は連
     続して斬るという流れで行うこと。
 (4) 「両詰」は、左右の壁が迫った狭い場所を想定した業であるため、血振いは小
     さく右下へ振り下ろす。また、納刀は、先ず左手で鞘をやや高く前へ引き上げ
     そこへ刀を肩に絡げるように上げて回して、刀の棟が鯉口を持った左手に触れ
     る瞬間に鞘を引き下ろして納刀する。
 (5) 「虎走」は、前に進む時は右足から出る。抜き付けは、左膝を床に着けずに行
     う。また、次の斬り下しは、左膝を床に接地して足場をしっかり固めると同時
     に斬り下す。後ろへ下がる時は、左足から下がること。(居合は、前へ進む時
     は右足から、後ろへ下がる時は左足からが基本)尚、流派、地区によっては、
     腰高の状態で前後に移動し、二足長で左膝を伸ばしたまま抜き付けるところも
     あることを知っておいて貰いたい。
10.立業之部
 (1) 「行連」は、自分を真ん中にして左右に並んで歩く敵を想定する。普通に歩い
     ている右足を、斬ろうと思った瞬間、一歩ではなく半歩だけ出して左右の敵と
     の距離を空け、先に右前の敵を袈裟斬りにした後、瞬時に左前の敵の頭部に斬
     り下す。
 (2) 「連達」で後ろへ突きを入れる時には、左脇をしっかり締めて突くこと。これ
     によって、突きの刃筋がぶれなくなる。
 (3) 「惣捲」は、右足半歩出して右手で抜きざまに敵の上段を受けたら、瞬時に右
     足を前に進めて敵の左頭部に斬り込む。敵が後ずさる瞬間に左足を右足に付け
     て振りかぶり、右足を踏み込んで敵の右肩口に袈裟に斬り込む。さらに敵が後
     ずさる瞬間に左足を右足につけて振りかぶり、右足を踏み込んで左脇下から胴
     に斜めに斬り込む。さらに敵が後ずさる瞬間に左足を右足につけ振りかぶり、
     突然、刀を左横に倒し右足を半歩(やや少な目)踏み出して横車で水平に斬り
     右足をあと僅か前に出して振りかぶって真っ向から斬り下す。コツは、横車で
     水平に斬る時に、あまり大きく右足を出し過ぎないこと。出し過ぎると最後の
     斬り下しがうまく行かない足使いとなってしまう。
 (4) 「惣留」は、細い橋の上で次々に襲って来る敵を一人ずつ倒す業であり、並ん
     だ囚人の首を刎ねる業ではない。武士がそのような事をする筈がない。右袈裟
     を決めた後、納刀と同時に左足を右足の前まで移動させ、前に倒れた敵を蹴飛
     ばすようにすること。二本目の袈裟切りの後も同様にする。
 (5) 「行違」は、最初の右前方の敵への突きは、しっかり脇を締めて突くこと。ま
     た、左後方へ反転する際、鞘引きをしながら向き直ること。臍はしっかり相手
     に向かせること。
 (6) 「袖摺返」は、前に刀を抜いて腕を交差させた時、左手は拳を作ること。
 (7) 「門入」で刀を抜いて前の敵を突き刺す態勢をとった時、必ず臍が正面の敵へ
     向いていること。
 (8) 「壁添」の納刀は、「両詰」と同じ要領で行うこと。
 (9)  昔の「受流」は、右足を右前方へ出してスクと立ち上がり、その姿勢でしっ
     かりと受流した。左右の足の位置はそのままで、向きだけ左へ流れる敵の方へ
     向け直し、中段まで斬り下す。(この時、左右の足は揃えない。)
 (10) 「暇乞」Ⅰ、Ⅱ、Ⅲは、次の点が違う。「Ⅰ」は、正面の敵に対して、頭を
     下げながら左手を軽く床に着けた瞬間に、素早く刀を抜いて振りかぶって斬り
     下す。「Ⅱ」は、頭を下げながら左手を床に着き、次に右手を床に接地させる
     瞬間に、素早く刀を抜いて振りかぶって斬り下す。「Ⅲ」は、左手を床に着き
     次に右手も床に着いて頭を下げて礼をした瞬間に、素早く刀を抜いて振りかぶ
     って斬り下す。「抜打」「真向」と同様、振りかぶりの瞬間に左手で鞘を引き
     上げ、納刀の時に鐺が床にコツンと当たらないように注意すること。
(文責 金子 光彦:無雙直傳英信流六段 平成26年1月1日「阿号之会だより」第11号、平成26年3月1日「阿号之会だより」第12号より転載。)