□「平成26(2014)年ブログ」NO.2   平成26年4月1日〜6月30日   ♪BGM 
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■「HP更新が鈍る最近の事情」                  平成26年4月30日

 このところI・Eの脆弱性が突かれ、インターネット利用者に被害が拡大しているとのことで、大々的に注意が促されている。在宅時は日がな一日中I・EをベースにセッティングしているPCに向かっているので、まことに困ったことになっている。他のブラウザーを取り込んでもいいのだが、PCが重くなったりして面倒なので、パッチを当てながらしばらく待つことにした。

 そのようなことで、本HPの更新も一時休止状態。すぐに怠け癖が出る小生には、もってこいの言い訳になったが、書きそびれている記事の鮮度が失われていくのには、少々焦りも出始めてきた。こういった対応には万全を期さなければならないのだろうが、イタチごっこ、とか、攻めている方が一段進んでいるとの話を聞くと茫然となってしまう。文明の利器を、人が悲しむ方に使わないことを切に祈るばかりだが、何千年経ってもこういったことから手を切れない人間の業に思いを馳せてしまう。

 フラストレーションが溜まり、ついつい愚痴ってしまったが、イタチごっこが止むことない過去の歴史を見れば、一生愚痴ることからは解放されないであろう。書きそびれている出来事を思い出すたびに、ため息ばかりついている。

<書きそびれていた記事>
■4月26日 横浜市民ギャラリーあざみ野カレッジ「寺社を歩けば」を受講
 寺と神社の旅研究家でエッセイストの吉田さらささんによる「寺社を歩けば」の講演を拝聴した。鎌倉の寺社巡りの基本を、寺社や寺の宗派の特徴に据えた解説と、鎌倉の寺社を楽しむコツを、ワイドな自然と鎌倉仏像の特徴においた解説は分かりやすく、寺社巡りに興味を持った。当地には二、三度行っているが、講演を拝聴したことで新たな見方を試す楽しみを、再度訪問することで是非実現したいと思った。

■4月23日 横浜トリエンナーレサポータと横浜美術館ボランティアの合同研修会
 当日、横浜トリエンナーレ観賞パートナーの勉強会が本格的に始まり、「ヨコトリでの解説スタートまでのプロセスについて話そう!」をテーマにワールド・カフェによるダイアローグ研修が実践された。この研修に老若男女10グループ(1グループ6名)が参加し、飛び交わされた熱い会話に、滅多に入れない美術館の8階の会場は大いに盛り上がった。本番までは100日、テンションが自ずと高まる。

■4月20日 孫の満2歳を祝う
 早いもので、孫が満2歳となった。走り回るようになったし語彙も増え、成長が著しくなってきた。2歳の歩みをDVDのアルバムに編集し両親に進呈した。余計なお世話と知りつつも、ジジイ馬鹿を受け入れてくれたことがどれほど嬉しかったことか。成長が著しくなってきているので、言動に付き合うのは一苦労となってきたし、カメラを操作するのも楽ではなくなってきたが、来年も余計なお世話を、と思えばこそ、撮影の腕をあげていかなければならない。今年も、ジジイ馬鹿嵩じが止まる気配はない。


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■「新たなボランティアへの挑戦」                平成26年4月24日

 横浜市青葉国際交流ラウンジは1989年11月に活動を始めてから、今4月に非営利活動法人(NPO法人)横浜青葉国際交流の会として装いも新たに活動を展開することとなった。先にも報告したが、小生は今般この会の正式な会員として、新たなボランティア活動への挑戦を始めた。

 小生は、昨年の10月からスポットのボランティアとしてお手伝いをしてきただけなので、交流会全体の活動(事業)展開や方針には不案内極まりないのだが、正式な会員となったからにはそんなことを言ってはいられないようだ。いろんな仕事がアサインされ始め緊張と多忙を伴う新年度の幕開けとなった。

 小生の属する部会は情報広報部会で@日本や海外の生活情報の収集・整理・提供と、A広報誌の編集・発行並びにラウンジホームページの維持・更新が主たるミッションとなっている。そしてこれらを推進していくために、ほぼ毎週1-2回情報広報部会議や、広報誌の編集会議、情報ファイル会議、HP委員会が開催されるので、これらに参画することを要請されている。

 まだ新人だから大目に見てくれている雰囲気を感じるが、早晩そうはいかなくなってくるであろう。小生の主担当はHPの維持管理となった。そのほかに広報誌の編集にも首を突っ込まなければならないらしい。忘れかけていた現役時代の緊張がよみがえってくる。 さらに、昨年スポットボランティアでお手伝いした国際児童画展事業への参画も要請され、4月の中盤から大忙しとなってきた。

 今年は、横浜市青葉国際交流ラウンジが活動を開始してから25周年に当たり、記念事業・行事も予定されているらしく、忙しさに一層拍車がかかってきそうな雰囲気が漂い始めてきた。新人だが、青葉区民の一人として支え切っていければと、連休前にできたひと時の閑に思った。ヨコハマトリエンナーレも8月から本番、今年は例年になく忙しくなりそうだ。どなたか一緒にやりませんか?


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■「異国の方との不思議なご縁」                 平成26年4月22日

 昨年10月雑木のお仲間と横須賀へ行った折、天の見えざる意図によるとしか思えない、いくつかの偶然の重なりを受け、思いもしなかった異国の方との「事実は想像より奇なる」旅を成し遂げた。これについては、国際親善を果たした雑木『横須賀ロマン紀行』をお読みいただければ、何が奇なることだったかご理解頂けると思う。

 この後、メールでのやり取りが続き、彼女はミャンマーやインドネシア方面に旅行に出かけ、この3月に教職を執った山形の高校の卒業式に参列するために戻ってくると聞かされていた。そして、まさかとは思っていたが、その時には連絡をよこすと言ったことを、隠居達は乏しくなってきた記憶領域に無理やり押し込み、そのロマンに満ちた一言に思いを馳せていたのだ。

 ところが、3月上旬の卒業式のころになっても、それが過ぎ去って新年度に入っても何の連絡も入って来なかった。だから遅まきながら無理強いしている記憶領域のためにも、それが我々の早合点だったに違いないと言い聞かせ、押し込んだものをごみ箱に捨て、ひと時のロマンを忘却の彼方へ押しやった。

 無理強いをさせたため後遺症を引きずってはいたものの、日々忘れることに磨きが掛かってきている隠居達には何の造作もないことだったが、さすがに4月18日に飛んできた次のメールに、ごみ箱に捨てた記憶を再度記憶領域に拾い直さなければならなかった。「事実が想像より奇なる」ことが再び蘇る予感がしたからである。
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Dear Inkyo-san! How are you? Long time no see :) I am in Japan again. I'm staying with my friend in Yamagata now, but on Sunday I'm going to Zushi. I'll be in Kanagawa for a few days. It would be nice to see you if you aren't busy!
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 こんなメールをもらって忙しがっている場合ではないと隠居達は言った。女神の思し召しに違いないと思ったからだ。彼女には二つ返事で再会することを連絡したが、彼女の都合と我々の都合が合う日は22日しかなかった。突然で余裕がない状況の中で、どこに案内するかで隠居達は迷いに迷った。我が街横浜でいい思い出を作る、ベジタリアン料理で饗応する、会話で友好を深めるをキーワードにKさんが計画を練りあげた。

 当日の計画は、
 山手西洋館を巡り→中華街で昼食・懇談→三渓園散策→郷土資料館 八聖殿→喫茶店・お別れ懇談を予定したものだが、三渓園巡りを目玉とした計画と考えていた。

 22日10時30分に石川町駅で彼女を待ち受け、山手西洋館を巡る一連の計画の幕は切っておろされた。数日前の天気予報によれば当日は雨だったが、前日になって日中は曇り模様、午後遅くになって雨と予報は変わっていた。前日の雨空の天気状況からは想像し難たかったが、当日の朝になってもっと驚いた。何と、朝から快晴で絶好のお日和となっていたからだ。「事実が想像より奇なる」ことの始まりが、この天候にあったことを後になって気付くこととなる。もしも、この日が予報通り雨だったら、この再会の計画は大きく躓いていたに違いない。そしてこの後も続いた予報の狂いが・・・・・。

「隠居達の歩行には、ハイな気持ちが滲み出ていた」

 6か月ぶりに会った彼女は、他国を回られてきたせいか一段と精悍と美しさに磨きがかりとても眩しく見えた。絶好のお日和となったことも相乗し、外交官の家へ続く坂道を軽々と案内する隠居達の歩行には、ハイな気持ちが滲み出ていた。これから8館、1時間程度をかけて巡り、その次に予定していた昼食懇談に思いを馳せると、足も心も急(せ)いだが、外交官の家の佇まいや、各部屋から匂い立つ歴史の息吹に引き込まれ参観の時間はのっけから予定を超え、8館を廻り終えたときには予定を1時間半も超えていた。

「外交官の家の佇まいや、各部屋から匂い立つ歴史の息吹に引き込まれた」

 急いで中華街に操り出し、あらかじめ調べておいたベジタリアン料理を出してくれる第一候補の飯店に直行した。ところが、ところが予想もしていないことが起こった。インターネットで直前に調べていたその店が見当たらず、その辺りをくまなく探した結果その店が閉鎖していたのだ。さらに天気も予報を早め下り坂を見せ始め、重なる不運に天を仰いだ。

 やむなく、第三候補だった飯店に飛び込んだ。その店は第二候補と隣り合わせだったが、隠居達の意思で選択したというより、神謀な囁きに手繰られ導き込まれた気がしてならない。この店の女定員が飛び切りの方だった。彼女がお薦めする当店自慢のベジタリアン料理を全員が相伴する羽目になったが、明るく元気で客をそらさず、中国訛りの喋りに乗せられ昼食懇談は大いに盛り上がった。

「ベジタリアン料理で昼食懇談は大いに盛り上がった」

 ところが食事をとっている間に、午後遅くになって雨が降るという予報が狂い、店の外は篠突く雨になってしまった。だから予定していた三渓園へ行くことを断念せざるを得なくなり、急遽予定を変更し、人形の家を廻り山下公園から横浜港までシーバスで遊覧することとした。ここに至って、赤い靴を履いていた女の子が、異人さんに連れられていった歌に我々の心情を被せ、精一杯のおもてなしとするしかなかったのだ。それを分かってくれたのかどうか、彼女は喜びの笑みで応えてくれ、この旅の素敵なエンディングに華を添えてくれた。

 天気予報が狂ったために、目玉としていた三渓園巡りができず大変残念なことになってしまったが、山手西洋館を予定(時間)通り巡っていたら庭園の中で篠突く雨に祟られ、折角の再開が悲惨なことになっていた違いない。また、第一候補のベジタリアンの飯店が閉鎖していなかったら、あのような陽気で、我々の友情を一層引き立ててくれたとてもフレンドリーな店員さんと出会わなかったに違いなく、昼食の懇談は盛り上がらなかったであろう。まことに不思議な巡り合わせとしか言いようがなく、この度の紀行にも偶然の重なりを装う精緻に仕掛けられた女神の意図が見えてくる。

「偶然の重なりを装う精緻に仕掛けられた女神の意図が見えてくる」

 当然その意図には、双方をいつかまた三渓園で引き合わせることが仕組まれていたに違いない。だからこの度は雨を降らせてでも行かせることを阻止したのであろう。いつかまた三渓園で会うことは、女神の遠大な企みであって避けることはできない。思し召しに沿うよう見込まれたのであれば、これからもこの旅を続けるしかない。

 彼女からメールが届いた。
 文面から、我々の思いに共感していることが伺える。そして、ジャージーに来て欲しいと伝えてきた。ちなみに、彼女は正確には Jersey(ジャジー)の人。この島(英領)と英国の関係がことさら興味深い。人口8-9万人らしいが、そんな希少なcountryの方と巡り合えたというのも誠に奇なことである。不思議な意図を感じないわけにはいかない。来年はジャージーの女神も御出ましになられるのではないか、そんな気がしてならない。

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It was really nice to see you again for our walking tour of the old houses in Yokohama. Like you said, although we didn't get to visit the garden, it was lucky because otherwise we would have been caught in the rain. And of course this means that one day I will need to return to visit you in Japan so that we can go to the garden together!
I hope you'll come to Jersey!
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■「東洋医学:万病は腹に根ざす」                平成26年4月10日

 数日前、友人の松ちゃんと飲みながら自身の治療状況を開陳し合い、医学・医療の領域に立ち入った話にのめり込んだ。要するに互いに歳を重ね終末の医療に直面した時にどうするか、その心構えができているかなど、酔いが醒めてしまいかねない話題に口角泡を飛ばしたというわけだ。

 話があちらこちらに飛び終止が付かなくなってしまったが、終末に当たって延命治療は受けたくないということで一致した。それは、現代医学(西洋医学)の下での対処療法(病巣を除く:切ったり跳ねたり)に忌避感を持つようになったからである。もっと言えば 病気に至った人間の本質(生き様や考えなど)に向けた治療法に基づき、自然に、苦しまなく、満足して終末を迎えたいとの思いを持つようになったからでもある。

 最近あるべき医学の方向は、西洋医学と東洋医学を包含して進めるべきだ、という類の本を何冊か読んだいたから、この日はとりわけ東洋医学にのめった話となり、期せずして二人の結論は前述の通りとなったのかもしれない。

 終末医療とはかけ離れるが、本話をした後、松ちゃんからこの話の下敷きとなった講演の放送録(YouTube)を知らせてきた。演題は「ささえる医療と東洋医学が出会うとき」、対談:村上 智彦(NPO法人ささえる医療研究所理事長)、田中 保郎(放送大学教授・東洋医学医師)。講演の概要は、北海道で、予防医療と在宅医療、他職種連携を重視した「ささえる医療」の取り組みを進めている村上智彦氏と、長崎県諫早市で、心労災害への東洋医学の治療を進めて、「考腸論」を提唱している医師、田中保郎氏との対談。立場の違う二人が、それぞれの新しい医療の考え方を語り尽くす、ものになっている。

 とりわけ、田中先生は
 ・西洋医学の弱点、・東洋医学の本質、・万病は腹に根ざす意味、・盆栽の治療に寄せて(葉が枯れたとき、葉を治療するか根を治療するか)、・腔腸動物はどこで物事を考え、どのように病気を克服しているか、・腸の役割、・免疫を高めるため、等々、まことに面白おかしい例示を挙げ医療の考えを語っておられるので、ぜひ、ご拝聴をお勧めしたいと思います。

 講演はこちらから入れます。

 
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■「4月の風景から」                       平成26年4月7日

 毎日が日曜日になってから久しく生活のメリハリが乏しくなってきた。そんなことを少しでも打破しようと、毎週月曜日の午前中ボランティアに出掛けている。出勤時間のピークから少しずれてはいるが、8時後半の電車内ではまだ出勤を急ぐ会社勤めの方々を多く見かける。何の変哲もない風景だが、4月に入るとがらりと風景が変わるのは今も昔も変わらない。新1年生となった社会人の群れが車内を占めるからだ。

 新社会人の中には、そうとは気取られないような言動、立ち居振る舞いを見せる者もいるが、そう努力すればするほど新人であることを際立たせており、苦笑をこらえるのが悩ましい。ボランティア先でも、真新しい制服をいなせに着込む新入生が、先輩に引きづられて研修している風景に出くわすことがある。苦笑を抑えがたくなるのは、このシーズンならではの光景かもしれないが、まことに初々しいこれらの光景に、新年度開始のけじめが見える。

 会社通勤から解放された者にとって、新年度開始のけじめを体感できることが少なくなってきた。現役のころ車内の風景から思いを馳せたこともあったが、新年度開始のけじめはいろんな場面から体感できていた。だからいま、車内の風景からでしか体感できなくなってきたことに感慨も深い。

 定年後はのんべんだらり、風の吹くまま気の向くままの生活にあこがれてきたが、どう生きるにしても生活(生き様)の時間軸に、新規に切り替え開始するけじめを刻まなければならないことから逃れられないのではないか。ささやかに続けてきた月曜日のボランティアを通じてそう思うようになってきた。だから、これからもづっとこのボランティアを続けなければならないのである。


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■「金曜日の定め事」                      平成26年4月4日

 「定め事」というほど堅苦しいものではないが、毎週金曜日は友人の松ちゃんと畑仕事をするか、遠出の散歩をするかに決めている。この習いは、小生の通うジムがこの日は休日で手持無沙汰なこともあって、無理やり松ちゃんを引きづり込んだのが始まりで、もう4-5年続いている。もちろん、労働や散歩で汗を流した後に一杯やることが最大の目標であることは言うまでもない。お互いにこの目標(一杯遣れることの無上の喜び)を共有できているから、結構長続きできているのかもしれない。

 この日は、既にジャガイモの植え付けを終わっているので、久方ぶりに遠出の散歩に出かけた。遠出といってもせいぜい2-3時間この地の周辺を12-3キロを歩き回り、未訪問の名所・旧跡地等を巡ることにしている。この地は横浜市と町田市、川崎市の境界区域に立地し、数多い里山や川に沿う自然の豊かさの中で、名所や歴史の息吹を醸す旧跡に出会えるのは望外の喜びといえる。

 もっとも、予め計画して散歩に出かけることではなく行き当たりばったり、「あっちの方面に行こう」と言って歩き出すのが我らの散歩スタイルである。もちろん地図などは持参しないから、行った道を辿ることなどはほとんどできない。本日も、横浜市の青葉区からこどもの国を右手に見ながら、新興住宅街を抜け139号線を横切、農家の庭先を突っ切り、山道を超えたとき町田市の成瀬に着いていた。

「恩田川河畔の桜は満開」

 成瀬の恩田川河畔に桜並木があることは知っていたが、ぶらりとたどり着いた両岸の満開の桜に目を奪われ、改めて恩田川河畔が桜の名所であることを思い知った。そういえば、10数年前にこの川沿いにある(写真の右後方に映っている)町田市立総合体育館にVリーグのバレーボールの試合に来たことを思い出した。試合は桜の咲くころを待たずにシーズンを終えてしまうので、当時は勝ち負けにこだわり、一喜一憂したことしか覚えていないが、満開の桜を見られていたら、ぎすぎすした心を和ませてくれたに違いない。そんな追想に浸れたのもぶらり散歩の効用かもしれない。今後も気儘なぶらり散歩を続けるていくことになるであろう。松ちゃんとの秘かな喜びである。

「一喜一憂したVリーグの試合のベンチで」



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■「お花見」                          平成26年4月3日

 寒さがぶり返す3月の上旬に、地区社会福祉協議会主催の「お花見へのお誘い」を受けた。実施日は4月1日となっていたが、このところ異常気象に振り回されることが多いので開催を危うんでいた。そういえば昨年、開花時期になって異常な寒さに見舞われたことと、当日雨にたたられて散々な目にあったことが思い出され、お花見の予想が立てにくくなってきていることを実感していたからである。

 今年も春分の日を過ぎても一向に暖かくならず、桜のつぼみは固く閉じられたままだったので、今年も昨年の二の舞かと思っていたところ、25日辺りから急に暖かくなり開花に弾みがついた。そして31日には一気に加速度が上がり桜は満開、しかも4月1日は上天気にも恵まれ近年にない絵に描いたようなお花見となった。

「上天気に恵まれたジジイ達の花見」

 お誘いを受け参加したお仲間は12人、口うるさいジジイ達の発した「今年のお花見は最高!」の一言に今年の花見は尽きていた。その後数日風雨に見舞われ花見どころではなく、この日1日が最高の花見日和だったことを考えると、神憑り的な幸運に恵まれたと云うしかない。

 ジジイ達の真摯な雑木の活動を、ようやくお認め頂いた女神さまの思召しに違いない。と笑みがこぼれそうになったとき、「さぁー二次会に行くぞ!」とのお声がかかり、笑みが強張った。静かに桜を愛でていればいいものを・・・。罰当たりな行動に女神さまを何回悩ませてきたことか、きっと来年のこの日は荒れるに違いない。それでもこのお仲間とは離れられないのだ。


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