第二ステージ 第三部 労働者の東大闘争=臨職闘争(1970年~74年)、地震研闘争、応微研闘争、5.24総長室座り込み闘争

旧ホームページ第二ステージ第三部の見出し
労働者の東大闘争=臨職闘争
地震研・石川さんの闘いと臨職闘争の全学化
応微研の臨職闘争、71年の「5.25事件」と当局の弾圧
加藤、林両総長による総長室弾圧体制
74.5.24 総長室座り込み闘争

上記の旧ホームページ第二ステージ第三部は廃止しました。替わりに、より詳しい資料を用いて書いた『第二、第三の東大闘争(仮)』の出版を予定しており、その第一部として「労働者の東大闘争=臨職闘争」を載せています。ここでは以下の通りその第一部の目次を掲げます。

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(近刊予定『第二、第三の東大闘争(仮)』第一部「臨職闘争―学生の東大闘争から労働者の東大闘争へ」の目次

第1章 東大病院地区における医学部生、医師、労働者の闘い
1.東大闘争の延長戦―附属病院精神科赤レンガ病棟の自主管理
2.内科・小児の運動/闘争
3.私は病院の闘争をわずかながら支援、病院の労働者と親しくなった
4.「病院スト実」=病院反戦派労働者の闘争
5.皮膚科実験助手・臨職大津康子さんの闘い
6.病院スト実の全臨職の定員化要求と総定員法との闘い
7.病院スト実の医療の帝国主義的再編の一環としての北病棟移転阻止闘争

       第2章 弥生キャンパス地区、地震研・応微研・農学部における臨職闘争
1.応微研における「第一次」臨職闘争
2.地震研石川良宜さんの定員化要求と「宮村事件」
3.東職(東京大学教職員組合)の臨職闘争に対する姿勢
4.地震研職組の宮村教授弾劾、石川さんのハンスト闘争、石川さんと連帯する全学闘争員会の結成、震闘連(地震研闘争連合)所長室「解放宣言」
5.加藤総長の地震研当局に対する「厳重注意」処分の欺瞞 
6.力武所長による地震研ロックアウト、警察力を使った大弾圧、それに対する職組と全闘委の反撃の闘い
7.応微研の「第二次」臨職闘争、Y.E.さん、大橋幸雄さんの定員化要求と応共闘の闘い
8.大橋さんの職場での死亡と労災の不認定
9.応微研闘争と5.25事件
10.加藤総長による休職処分と「大学=理性の府」論の批判
11.臨職闘争の農学部への拡大と加藤総長の弾圧路線
12.地震研力武所長の自己批判、全闘委との団交

   第3章 臨職闘争の収拾過程
1.地震研宇佐美所長の団交拒否、欺まん的な「膝を交えた」話合い
  2. 加藤、林両総長による総長室弾圧体制
  3. 73年地震研坪川所長の登場、文部省の「照会」、「危機アジり」に職組の闘争態勢が後退
  4.坪川所長の研究所への突入、翼賛派職員による所長室占拠の解除、「正常化」 
5.石川良宜さんにとっての「臨職定員化」要求と「生きる」ための闘い
  6.74年5.24総長室座り込み闘争、林総長に抗議する時計台前の座り込み、昼デモ 
7.「長官」、「フクロウ」、「心のこり」と「ラブ・ユー東京」

         私の第二ステージ「迷い・闘い・働き・子どもを育てる」<目次>へ

「東大百年祭闘争を闘う」<目次>へ

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