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同志社校友会久留米クラブ




 
 右の手紙は「新島研究第93号」の中の秦芳江同志社女子大名誉教授寄稿論文「新島ゆかりのカタルパが咲いた」から抜粋したものです。

 このときのカタルパの種子が熊本の徳富蘇峰に贈られたものと思われます。




ジョセフ H・新島様

                                デイトン・オハイオ州

                                  1880年1月8日

 11月24日付のあなたの手紙受け取りました。

 あなたが言及されているパンフレットは初版のものだろうと私には思われます。

 その後第二版を私の手で出しておりますので、それをあなたに郵送いたします。(略)

 この手紙に同封するだけでなく、イリノイ州の友人ロバート・ダグラス氏にも送るつもりです。氏は大変な植樹家で、カタルパも何千本も栽培しています。彼はあなたに手紙を書き、カタルパの苗木百本を郵送するだろうと思います。

 この手紙にカタルパの種子を少し同封して送ります。きっとすぐ芽を出して生長するだろうと思います。インドのパンジャブ州ラホール在住のヴィンセント氏の手紙によれば、昨年3月31日に彼が播いたカタルパの種子は、6ヶ月で10フィートにまで成長したそうです。

 カタルパはとても貴重な樹木で生長するととても美しくなります。

 日本には色々な種類のカタルパがありますね。(※)   わが国にもそれらが輸入されています。それは小さな樹か低木で材木としては何の価値も無いものですね。  (※中国産の落葉樹で、おもに和風庭園の低木でキササゲとよばれる)

 

私がお送りする種類のものは零下20度の温度にも耐えうるものです。万一枯れて地表近くで切り取ったとしても、また芽をだして美しい茎を出し、すぐに生長するでしょう。この種子がどんなに生長したかをあなたから知らせてもらえるのを楽しみにしています。

 あなたが日本生まれのキリスト教徒であることや、主の救いの手を人々に与えるべく努力されていることを知り、私はとても嬉しく思います。今度便りを頂く時には、あなたのお仕事がどれだけ進んだかを聴くことが出来れば、こんなに嬉しいことはございません。(後略)

 

                                           E・E・バーニー

 

上記の手紙はイリアム・E・バーニー(Eliam E・Berny 1807〜1880)から新島襄に宛てた書簡である。

バーニーはグランヴィル大学(現デニソン大学)の教授を経て、1850年に友人とデイトン車輌製作所(The Dayton Car Warks)を設立、後、デイトン・バーニー&スミス車輌製造株式会社の社長に就任する。

彼は木材に対する不断の需要のために現在の木材の供給量もすぐに枯渇するだろうと考え、急速に成長し、もっとも耐久性のあるカタルパに注目した。

 高良山参道にあるカタルパはこの時のバーニーから新島に送られたカタルパの種子をルーツに持つと考えられる。

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