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2018年ウドちゃん奮闘記  



 12/31(月) 無事終えて感謝!



   年末恒例のジム掃除

  

 2018年が今日で終わろうとしています。

 忙しい1年だったとつくづく感じています。とりわけ小学生(中学生)クラブでは力をつけてきたこともあっていろいろなステージで活躍する場が広がりました。昨年まで参加しなかった大会が増え、またありがたい練習試合のお誘いもグンと増えました。その分忙しくなりました。ジムを空ける日が多くなりました。忙しくなった分、子どもたちも結果を残してくれたと思います。


 そんな中、今年1年特筆すべきは5月に娘が帰ってきてジムを一緒にやることになったことです。娘からいろいろと勉強させられることもありました。元インターハイチャンピオンという肩書もあり、テレビ取材もありました。東京や大分からのレッスンの依頼もありました。ただレッスン料が安いと言って気の毒がられましたが(笑)。

 娘が帰って来て、これは楽になるぞ!と思いましたが、楽をさせてもらえませんでした。あたり前のことですが、目の前に子どもたちがいる限り指導に限度がないことを改めて感じています。(悲しい性?)


 一昨日が今年最後の小学生クラブの練習日になりました。毎年恒例の年忘れトーナメント大会をやりました。子どもたちには申し訳ないくらいささやかな景品付きでやりました。最後にこれまた恒例のジムの掃除をして、1年の締めくくりをしました。子どもたちが一生懸命雑巾がけしている姿にきっと来年も飛躍できると確信しました。


 そして昨日は今年最後のジム一般開放日。正直言うと子どもたちが少しでも練習してほしいと思って毎年開けています。中学の部活を持っていた時から全く変わらない年末の取り組みにちょっと笑えてきます。

 それにしても昨日は本当にうれしいことが多かった!子どもたちが生き生きとして練習しましたが、一般のクラブの人たちが子どもたちの相手をしてくれ、いい練習ができました。大人の人たちに最後まで感謝感謝です。

 子どもたちの中にはなかなかフォームの矯正ができずに苦しんでいたRさんがいますが、Wコーチと一緒に指導して、見違えるようによくなりました。昨日監督から叱られたAさんやフットワークが650回続いたというS君ら頑張る姿に感動しました。

 そんなうれしい出来事があった今年最後のジム最終日を終えることができました。

 来年に向け、希望をもって今年1年を終えることが素直にうれしいです。


 そして最後になりましたが、今年1年お世話になった方々に深く感謝いたします。ありがとうございました。


 12/21(金) 改めて成長を確認

 先日ジムで探し物をしていたら3年前の小学生クラブの記録のつづりが出てきました。初めて九州大会(2015年8月)に参加した時の記録も残っていました。写真は団体戦のリーグ戦で長崎SSTと対戦した時のスコアです。

 

 今や押しも押されもせぬ宇土クラブのエースとして活躍している6年生の山口彩実さん(当時3年生)の結果を見て思わず笑ってしまいました。相手のエース貞方さんにぶっつけたこともありますが、スコアを見て「ああこういう時代もあったんだな」と感慨にふけってしまいました。改めて子どもたちの成長のすごさを実感。

  

 もちろん山口さんだけではありません。この大会でチームの中心選手だった渋谷亜矢子さんのその後の活躍も当ホームページたびたび紹介してきた通りです。そしてこの時はまだデビューしてなかった子どもたちのその後の活躍もしかり。

 この1,2年内にクラブに入ってきた入ってきた子どもたちには、がんばることでここまでなれるということを機会あるごとに話しています。励みにしてほしいです。


 成長著しかった子どもたちに共通しているのは、目標をもって努力を積み重ねてきたというです。


12/14(金) 悲願のアベック優勝達成!



 優勝の田原選手(左)と山口選手 

参加した選手たち

 12月9日に開催された県小学生選手権で悲願の男女アベック優勝を達成しました。


 女子の方は、チームの絶対エースこと山口さんがいます。優勝はこれまでの実績からほぼ間違いないだろうと見ていました。

 

 一方男子は、かなり頑張らないと厳しいかなと思って見ていましたが、キャプテン田原君が見事やってくれました。

 これまで県のホープスでも4位が最高という田原君でしたが、ここ2、3ヶ月の練習の取り組み方やプレーの進化ぶりを見て、可能性はあると思っていました。何度も苦しい場面を乗り越える彼を見て、成長したなあと心底思いました。女子キャプテン山口さんの活躍もきっと刺激になっての成長だと思います。


 優勝した二人に共通するところは、試合はもちろん練習の時もチーム一番の大きな声でがんばることです。後輩たちも練習の姿勢を学んで後に続いてほしいです。


 大会前、「今日はアベック優勝するぞ!」と子どもたちの前で話をしました。

 アベック優勝達成できたときは、震えました。涙もちょっと出ました。悲願がかなって本当にうれしいです。


 11/29(木) 唐津市からようこそ!
 

唐津市から見えた北村さんと


 

 一昨日(11/26)、佐賀県唐津市からジムにお客さんがみえました。1月から卓球場をオープンするという北村尚志(たかし)さんです。卓球場スタートを目前に控え、「中津卓球ジム」を参考にしたいと遠路はるばる訪ねて来てくださいました。

 

 北村さんは、高校時代は長崎の名門鎮西学院で活躍された方で、長年温めた卓球への熱い思いを、ついにこの度の卓球場開設にこぎつけたようです。

 私も「中津卓球ジム」を立ち上げて4年半、いろんな思いをしながらやってきました。北村さんには、その経験が参考になればという気持ちで熱っぽく(?)お伝えしました。がうまく伝えられたかどうか・・・?。


 思えばジムスタートの時点では、「いろんな年齢層を対象に」「小学生は5〜6人程度でぼちぼち」などと青写真を描いていましたが、いつの間にか!?小学生の会員がふくれあがり(笑)一般のお客さんにはガマンをしていただくことも少なくないといったこともしばしばです。


 こうした優柔不断な自分の反省をふまえて、北村さんにはどういう卓球場にするのかをしっかり持っておいた方がいいです、などと先輩面をして話しました。

 ただ、「中津卓球ジム」全てを参考にし過ぎると経営が成り立たない、ということをお伝えすることを忘れてしまいました。


 どうか北村さんの卓球場が、地域で愛される憩いの場になって、しかも経営がうまくいきますようにと祈るばかりです。


 11/6(火) テレビの取材


 先日(11/6)OABテレビの取材がありました。この2週間で2回目のテレビ取材です。どちらも福原愛さんの引退に伴って娘への取材が中心でした。


 この日は生中継で子どもたちの練習時間にということで、クラブを知ってもらういいチャンスになることから少し気合いが入りました。わずか5分程度の中継ですが、その事前準備たるやかなりの入念さです。

 数日まえには番組を担当する女性アナウンサーとカメラマンの方が訪れて放送のシナリオづくりに。父親の私が娘のことについて長いことインタビューを受けました。そして当日は2時間前からの準備をするなど放送には見えない番組制作の苦労を知ることとなりました。

 

 この日の取材が生中継のためどんな仕上がりかがよくわかりません。録画もしていないので、いまだに見ずじまい。まあ父親のインタビューもあったので見ない方がいいかも知れません・・・。


 今回の取材については、欲を言えば子どもたちの練習をもっと撮ってもらいたかった!いずれは子どもたちの活躍でテレビ局が駆けつけてくるような、そんなチームになりたいです。それも近い!?


 10/28(月) 改めて感謝 山中教子さん



選手時代の山中教子さん
「卓球王国」掲載写真より

 今月の「卓球王国」に1960年代に世界で活躍された山中教子(のりこ)さんの特集が組まれています。山中教子さんの名前を目にするたびに若い時代にかくも純粋に?卓球を追い求めていた時代が甦ってきます。


 高校3年生のとき、親の許しが得られず大学進学を断念した私がとった行動は、大学進学をせずとも日本の第一人者として活躍した山中教子さんに手紙を出すということでした。当時の自分が努力の人、山中教子さんにあこがれたのも無理からぬことでした。もちろん山中教子さんに会ったこともなく「卓球レポート」上で知る有名人という認識しかありませんでした。

手紙の内容は、詳細なことは覚えていませんが、ズバリ「高卒で卓球が強くなるためにはどうしたらいいですか?」というものでした。(当時は今と違って卓球が強くなるには大学進学抜きには考えにくかった)。すると何日がして山中教子さんから返事がきました。もちろん私の甘さをわかってのことだと思いますが、「こうしたらどうでしょうか?」というご丁寧なアドバイスでした。

 数年後、その雲の上の存在である山中教子さんに偶然にもお会いするチャンスが訪れました。ユニチカという会社に入って3年目(21歳当時)、東京の「青卓会」というチームがユニチカに合宿に訪れた際、あの荻村伊智朗さん、田阪登紀夫さん(現同志社大教授)と一緒に山中教子さんが同行されていました。会社の食堂でたまたま(だったか?)一緒のテーブルになり、(たぶん顔を赤らめながら)「以前山中さんに手紙をだした宇土です」と切り出しました。山中教子さんは、手紙のこともよく覚えてくださっていて、たいそう感激されていたことを思い出します。

 その後、1、2年後の全日本社会人選手権だったかお会いした記憶がありますが、それ以来、自分の環境が急変したこともあってか山中教子さんとの出会いも記憶から遠ざかっていきました。今でこそ卓球の著名人に会ったり、情報を仕入れたりすることは容易な時代になりましたが、あの当時は「卓球レポート」を頼ることしか手段がありませんでした。高校3年生時分山中教子さんの住所もわからないのに、一体どこ宛に手紙を出したのか?「卓球レポート」のタマス?・・・。思い出しません。

 うら若き17歳、熱くなって卓球を追い求めていた少年?がワラをもつかむ思いでなりふり構わずとった行動でもあります。山中教子さんの名前を目にするたびに、夢中で突っ走っていた時代の自分を思い出します。


10/23(火) 福原愛さん引退



全中で対戦した娘(手前福原愛さん)

 一昨日福原愛さんが引退を表明しました。若い選手が台頭してきている昨今ですので、そろそろ引退もありかな?と思っていたので、今回のニュースはそう驚きはありませんでしたが、正直ちょっと寂しい気もあります。


 福原愛さんは娘が同級生だったことから、娘とはいろいろな出会いが生まれ、ほかの人とは違った意識で見てきたように思います。

 それは娘が小学6年生の時、東アジアホープスに一緒のチームとして参加できたこと。中学2年時に北海道であった全中の大会で娘が福原愛さんと対戦し、あと1点で勝利というところまでいった試合をしたこと。またその大会会場のロビーでは当時茶の間で絶大の人気を博していた愛さんでしたので遠巻きにして見る人だかりができていましたが、なんと娘はその輪の真ん中で愛さんに肩をバン!とたたいたりして馴れ馴れしくしている姿に唖然とし親もヒヤヒヤしたような出来事があったこと。また高校3年生のインターハイシングルス決勝で愛さんと戦って予想を覆して勝って話題となったこと等々。


 そんないくつもの福原愛さんとの出会いを見てきたためか、何かにつけ娘とダブって気になる存在になったのだと思います。

 そして何よりも、周りの厳しい声がある中で進化をし続けて頑張る愛さんの姿を見るたびに、娘も負けずにやってほしいといつも願っていました。結果的には思うようにはなりませんでしたが・・・。

 中学、高校の時は大会に行けば福原愛さん人気で会場が立ち見席までもが一杯になる。そんな光景を見てうれしくもありましたが、正直そんな一人のアイドル的人気では卓球界はどうなのかな?と思ったこともありました。しかしその後、福原愛さんにあこがれ、福原愛さん以上に力をつけてきた若い世代が現実として出てきました。今になって思えば、福原愛さんの卓球界への貢献度はハンパではないと感じるようになりました。引退することになった今、一卓球人として改めてお礼を言いたい気持ちになりました。福原愛さん、本当にありがとうございました。


 ちなみにこの奮闘記をつづっている最中に、偶然にも福原愛さんにかかわった一人として、福岡のテレビ局から娘に取材訪問がありました。


10/16(火) 2人が全日本ベスト4選手に勝利!
 <豊前市大会優勝チーム>


  中学女子で優勝した小中女子


一般女子チームワークの勝利


踏ん張っての優勝男子チーム

 一昨日(14日)は何と3つの大会が同日開催でした。子どもたちはそれぞれの大会に分かれての出場となりました。


 大会その1 北九州オープン大会 2人が全日本ベスト4を破る!

13日(土)は団体戦でした。前回(8月)同様男子3位、女子2位という結果でした。女子は決勝で石田クラブと対戦。今回は何とかなりそうなところまでいきましたが、大接戦の末敗れました。決勝では山口さんが青木さん(全日本ホープスベスト4)を今回も破りました。

 つづく準決勝戦では渡邉さんがさくら組ジュニア(山口)の松本さん(全日本カブベスト16)にストレートで勝つなど健闘しました。

 また14日(日)の個人戦では、カブの部で竹上君が準決勝で片山クラブの佐々木君(全日本カブベスト4)に3−1で勝利。実に今大会で宇土クラブの子どもが全日本ベスト4選手2人を破るうれしい大会となりました。


 大会その2 豊前市大会(団体戦) 出場した3種目すべて優勝!

 14日(日)開催の豊前市大会で宇土クラブから3種目(一般男子・一般女子・中学女子)出場して3チームとも優勝するといううれしい結果となりました。中でも一般男子はダブルスで神がかり的な逆転勝ちを2度するという驚異的な粘り腰での優勝でした。また中学女子は小学生4人、中学生2人で大健闘、昨年に継ぐ2連覇を達成しました。


 大会その3 速見郡選手権大会 2人がDクラスで3位入賞!

 いつもなら多くの子どもたちが参加するこの大会ですが、今回は8人のクラブ2の子どもたちがDクラスに出場して気を吐き、6年生の和木君と山下君が3位入賞を果たしました。


 こうして同日に3つ大会が重なりましたが、コーチや保護者の方々に手伝っていただき、何とか無事にこなすことができました。普通なら3つはなかなか難しいです。これも宇土クラブの良さかなと思っています。

 これからも毎週のように大会や練習会が続きます。頑張りがいります。


 10/3(水) 初の運動会見物



 Yさん最後尾から必死の追い上げ



 昨日(10/2)中津市内の多くの小学校で運動会がありました。

一番近くの沖代小学校にしか見に行けませんでしたが、それでもクラブの子どもの運動会をのぞくのはクラブが発足してから初めてのことで、学校内の様子を垣間見るのは新鮮な感じがしました。


 沖代小学校は3人のわが子が卒業した学校でもあり、児童席の近くに立つと、2番目の子どもがお祭りごとが好きで、張り切って応援のリーダーをしていたのはこの場所だったなと懐かしい場面がよみがえってきました。といっても子どもの運動会にはほんの数回しか行けていません。部活優先で大会があったり練習の方が忙しかったりで、昼ご飯だけ食べに駆けつけたことも数回ありました。まるで親の務めはできていなかったなと過去を振り返り、今になってはあまり意味もない反省をしました。

 運動会最中、思いがけず山国中勤務時代の保護者や卒業生、同僚と懐かしい人たちに次々に会いました。世の中狭いです。


 さて、運動会のラストは各組対抗のチームリレーです。クラブ所属の6年生Yさんが出場してちょっとドキドキしました。Yさんも小学校最後の運動会を必死に頑張っていました。な〜んか誇らしい気持ちになりました。


10/1(月) 大会めじろ押し



  再び戻ってきますように!

 このところ大会の申し込みがめじろ押しです。北九州オープン、、防府オープン、久留米オープンと団体戦、個人戦2日続きの大会は申し込み用紙に生年月日、個人の大会実績の記入と結構時間がかかります。ミスが出やすい我が身を戒め、申し込みだけは慎重の上に慎重を心がけています。


 さて、その11月の久留米オープン大会の団体戦はついに男女3チームずつの合計6チームとわが宇土クラブにしてみれは、これまでの団体戦では最多出場数となります。6チームも出場するチームは他にそうないだろうなとほんの少し優越感に浸っています。実力はさておいて、です。


 毎回のことながら、こうしてたくさんの子どもたちを大会に送り込めるのも、子どもたちのご家族のみなさん、そしてコーチやクラブを応援してくれる方々の援助があってのことであるのは言うまでもありません。ありがたいかぎりです。

 あとはそれに応えうる実績が伴えば言うことなし!です・・・。


 9/18(火) 完全復活は近い!?



 監督不在のT・Cマルカワ戦
          (全国ホープス)

 先日地震のあった北海道は大きな災害に見舞われました。地震の翌日、北海道の知人(昨年8/24付奮闘記に登場した宮嶋さん)が震源地にわりと近くだった恵庭市の方だったことを思い出し、気になってメールをしました。「震度5強だった」そうですが幸い無事で電気も早めに復旧して何とか生活できているとのことで、一安心しました。


 さて、めまいで入院してから約4ヶ月半。治りつつある(と思い込んでいた)時期もあったもののいまだに頭の重い(痛い?)状態が続いたことで、パソコンに向かっても長くは集中できずこのブログも滞りがちでした。(言い訳に近いですが)

 先月の全国ホープスでは、途中でめまい症状が出て体育館の医務室でお世話になる始末でした。レッスン中にめまいが出て娘に代わってもらったことも1回ではありません。これまで練習相手をしてボールを目で追うと気分が悪くなったりして多球練習以外はなかなか子どもたちの相手が思うようにできないことが多かったというのが現状です。そんなわけで何をするにしても頭の重いことが、それこそ「頭」から離れないでこの4ヶ月半過ごしてきました。

 

 ところがです。一昨日、K高校との合同練習の後、夕方相手がいないSさんの練習相手を自分からやるだけでなく、最後は調子に乗って5か月ぶりにゲームらしいことをしました。昨日のジュニア県予選でも頭をそう気ににせずベンチコーチをしました。

 本当に良くなってきているのではと思ってしまいました。楽観的なこと書いて、2,3日後にまた「今日は調子が悪い」と漏らすかもしれないのに・・・。でも希望的観測だろうとなんだろうとよくなってきていると思いたいのです。(見かけによらず一喜一憂しやすい単細胞のつくりになっています)

 完全復活は近い!そう信じて今日もまた子どもたちの指導に頑張りたいと思います。


 9/12(水) 思いがけない電話



 昨日(11日)、思いがけない電話が入りました。

 T市出身のIさんでした。5年ぶりの会話になりました。Iさんは年下ですが大学の先輩になります。Iさんは5年前学校勤めをしていた時分に、福岡市に出かけた際、体調が急変し近くの病院に入院しました。見舞いに行きましたが、「あまりいい状態ではない」と本人も口にしていました。それからは体調が戻らず大分県内で療養をしていて、車いすの生活をしていると風の便りに聞いていました。その間一度も見舞いに行けてなくて、ずっと気にはなっていました。かなり悪いだろうという想像をしていて、行き渋っていたというのが正直なところです。そんなIさんからの突然の電話だったので本当にびっくりしました。「目はほとんど見えないが、何とか施設で生活している」ということでした。


 そういうIさんがお願いがあるというのです。「4歳になる孫(女の子)を週2〜3回見てほしい」というのです。Iさんの息子さんの仕事が終わってT市から40〜50分かけて通うので、夜でないと連れていけないと言います。今のクラブの練習事情を説明しましたが、それでも何とかならないかとかなりの思いのようです。そんなIさんにどうにかして応えたいという思いから、「日曜日の夕方からならどうにかなるかも」と返事をしました。


 私が何とかしたいという思いになるのは、Iさんが目の見えない境遇にあり、そんな中孫に託す思いがありありとうかがえたからでした。私にはIさんが学生時代独特のフォームで元気いっぱいプレーしている姿しか浮かんできません。なおさら気持ちに応えたいと思えてきます。

 電話でもIさんに伝えましたが「声を聞けて良かった」と心底思いました。電話の後、Iさんを思い浮かべると涙が出てきました。


 8/21(火) ジンクスを破った!



    初戦は緊張感が漂います


       よく頑張った3人娘

 約1か月ぶりの奮闘記になりました。”気まぐれ日記”という名前にしなけ
ればなりません。


 7月初めから続いた夏のビックイベントも先日の全国ホープスで一区切り
つきました。

 その全国ホープスは8月14日〜3日間の日程で八王子市のエスフォル
タアリーナで熱戦が繰り広げられました。今年も女子チームの参加です。

今年は戦力的に見て昨年より厳しい戦いになると覚悟をして臨んだ大会で
した。案の定1日目の予選リーグではなかなか力を発揮できずにもたつく
試合が続きました。それでも何とか2位上がりが見えたリーグ戦3戦目の
東広島スカイジュニア戦。よもやの0−2といきなり劣勢に。しかも次がここ
まで調子が出ずもたつきの一番の要因となったダブルス。1セット目最悪の
スタート。もうだめか!と監督の心も折れそうになりました。ところがダブル
スペアに何か不思議な力が宿ったかのようです。2セット目からこれまでに
ない踏ん張りで3セット連取してなんと絶体絶命のピンチを切り抜けまし
た。4,5番はストレートで快勝し、3−2の逆転勝ちとなり、何とか決勝トー
ナメントに進むできました。

この踏ん張りが次の決勝トーナメント1回戦、うばこやまジュニア戦につな
がったのは確かです。

 2−2のラストを任されたWさん、これまで接戦を落とすことが多かったの
ですが、またもや何かが宿ったようなような踏ん張りで逆転勝ちし、チーム
も3−2で勝利。

 まさに

     よいプレーは伝染する(元大リーガー デレク・ジーター)

                                     です。


 つづく2回戦は本大会準優勝したT・Cマルカワ戦。ダブルスがストレート
勝ちするなど強豪相手に善戦しラストにもつれ込む接戦となりましたが力つ
きました。

 しかしこのチームでベスト16はりっぱな成績です。九州大会、全国ホープ
スと昨年を上回る成績を残し、しかもラスト勝負で負けるというジンクスを見
事に打ち破った今年のチームは何かを持っているのかもしれません。今年
のチームに感謝したいです。


 かくして夏の4大ビックイベントは終わりました。応援してくださった保護
者のみな様、宇土クラブ関係者のみな様には心温まるご声援をいただき本
当にありがとうございました。


 7/19(木) あと一歩!がつづく・・・



全九州大会 女子準決勝 男子の懸
命な応援がつづきました



全日本クラブ選手権リーグ戦を終えて


    全日本クラブ選手権       ラストの渋谷さんに託すンチ

 7月7・8日の2日間、沖縄で全九州小学生選手権がありました。予選リーグは男女ともよく頑張り快勝して決勝トーナメントへ。男子の決勝トーナメント進出は初めてです。男子は1回戦準優勝の石田クラブと対戦です。大接戦の末、2−3で惜敗しあと一歩及びませんでしたが、メンバー3人のうち2人は経験年数が1年9か月ということを考えれば本当によくやりました。でも惜しかった!

 一方女子はこれまた初のベスト4進出です。昨年大接戦の末、涙をのんだヒゴ鏡クラブとの対戦です。子どもたちは予想上回る頑張りで、ダブルスをとれば何とかなる!という試合展開になりました。そのダブルス。2セット先取し、3セット目も6対2でリード。これはいけると思いましたが、甘くはありません。このセット接戦で落とし、4、5セットも押し切られ、逆転負け。戦いは2対2のラスト勝負となりましたが、及びませんでした。今年もまた大接戦でヒゴ鏡クラブに敗れました。男子が声をからして応援しましたが及びませんでした。


 さて、激戦が続いた九州大会から1週間後、7月14・15日の日程で全日本クラブ選手権が三重県津市で開催されました。クラブとしては初出場の大会ですが、メンバーから見て上位入賞も十分可能と見て意気込んで臨みました。予選リーグは予定通り2勝。つづく決勝トーナメント1回戦では「ねやクラブ」を破って勝ち上がってきた地元の松生クラブと対戦。取れそうで取れなかったダブルスをセットオールで落としたあと、ラストも接戦の末セットオールで敗れました。結局2対3の惜敗。決勝まで行けるのではひそかに狙っていただけに本当に悔しい敗戦になりました。


 思えば昨年から九州大会以上の大会はずぅ〜っと接戦で敗れています。思い出したくはありませんが、ここは敗戦をバネにするためにも振り返ってみたいと思います。

@昨年全九州選手権    準々決勝   宇土クラブ2−3ヒゴ鏡クラブ 

A昨年全国ホープス大会 決勝T1回戦  宇土クラブ2−3双葉クラブ

B今年全九州選手権     準決勝    宇土クラブ2−3ヒゴ鏡クラブ

C今年全日本クラブ選手権 決勝T1回戦 宇土クラブ2−3松生クラブ 

とまあこんな感じです。


今年もまた、お盆に全国ホープスがやってきます。悪い連鎖を断ち切れるかどうか!?この壁を乗り越えられるかどうか!?

 でも今度こそ子どもたちはきっとやってくれるはず、と少し祈りに似た気持ちで戦いを待つことにします。



 6/26(火) ついに救出!


 卓球とは全く関係のない話です。

 しかもどちらかというとあまり好みではない(なかった?)猫の話です。


 10日くらい前から我が家の裏の軒下あたりに生後一か月もたたないくらいの仔猫が居ついて、夜中にニャンニャン泣いて隣の人も困っていました。捕まえてどなたかに引き取ってもらおうとしましたが、そんな相手も見つからず。保健所にはやれないし、ということであまり放っておくのもかわいそうな気がして餌を2,3日与えているうちに、娘が「捕まえて家で飼おう」と言い出しました。ジムの動物好きのお客さんにいろいろとたずねて、あの手この手で秘策を練って捕まえようとしましたが、動き回る猫でなかなかうまくいかず。ついに動物病院から借りてきた捕獲機でやっとのこと捕まえました。とらえられた仔猫は当然のごとく落ち着きませんが、かわいい顔した仔猫です。


 ところが、捕まえた翌日、とんでもないことが起こりました。

 ジムのお客さんが貸してくれた猫の入れ物に入れていましたが、外からもう少し様子が見えたらいいかな、仔猫もちょっとかわいそうかなと、いらんことを考え、お互いがよく見える段ボールに入れました。このことが大変な事態を引き起こすことになりました。風呂の脱衣場に置いた結構深い段ボールに入れていた仔猫が、ちょっと触れたとたん、軽々と箱を超えて、一瞬にして洗濯機の裏に隠れてしまいました。


 家の者3人で洗濯機を動かして捕まえようとしたとき、想像もしないことが目の前で起こっていました。なんと洗濯機の下の方のちいさな穴に頭を突っ込んで首から抜けなくなっているのです。愛情がわいて飼おうとした猫がこんなひどいことになっていることへの罪を感じながら、「このままでは死んでしまう。死なすわけにはいかん!」そのあとは夢中でした。たまたまあった(としか言いようがない)ちいさなのこを見つけ出し、泣きべそをかきながら必死の思いで3人が救出に当たりました。10分ぐらいの格闘の末、無事頭が抜けたときは安堵で力が抜けました。


あれから3日経ちました。仔猫はそんな騒動があったことを覚えているかいなかは知りませんが、今は大きめのゲージの中でやんちゃに動き回っています。日ごとになついてきつつあり、すり寄っても来るようになりました。


かくして我が家の一週間の猫騒動はようやく決着がつきました。


 6/12(火) 横浜からようこそ!



   藤田さんと一緒に記念撮影



 昨日(12日)、横浜在住の藤田さんという方がレッスンに見えました。藤田さんの話では、東京の「卓球三昧」でいつかは娘にレッスンをしてもらいたいと思っていたもののかなわなかったとのこと。娘が中津に帰ったことを知り、別府にいるお母さんを訪ねた際、娘のレッスンを受ける機会に恵まれたことで、この日はやはり卓球をされているお母さんと一緒に別府から来られました。


 お母さんの話では、藤田さんはバドミントンでかなりの選手だったそうですが、2年前いろいろなサーブができる卓球に魅かれ、始めたそうです。娘のレッスンを受けている藤田さんの姿を横で見ていて、わずか2年の経験とは思えない基本技術の高さと動きの良さにびっくりしました。そして何よりも「上手くなりたい」という思いが満ち溢れていて、レッスン中も娘に何度も質問をしたり説明を食い入るようにして聞いている姿がとても印象的でした。こうして学ぼうとする思いをしっかり持っている人は間違いなく伸びるし、またこちらもうれしくなります。


 あとで娘にこっそり藤田さんの年齢を聞いてまたまたビックリ!「見た目は相当若い!」と思いました。

 終わった後、娘との写真をと依頼されてカメラに収めました。そしてなんと私とも一緒にとツーショットで写真を撮りました!ちょっと緊張しました。


 6/8(金) 峠を越えた!?



小学生の練習にも参加できています

 入院騒動からちょうど一か月経ちました。

 ようやく奮闘記をかける状態になり、久しぶりの投稿です。

 この1か月をひとことで表すと「つらかった!」がぴったりです。退院して2,3日は「これならすぐに全快!と高をくくっていましたが、その思いはすぐに消えました。その後はめまい症状が頻繁に表れて1日の大半をジムの奥の部屋で横になって、立てるようになるまでじっとがまんすることが少なくありませんでした。

 正直なところ入院中よりも不安な気持ちが募り「このまま症状が治らないのではないか。そうなるとジムの務めも終わりかな」と先々のことまでを考えると悲観に暮れる日が続きました。めまい症状の厳しさは、なったものでなければわからんなと感じました。


 長期戦を覚悟していましたが、先日家の隣の奥さんが同じような症状でS病院にかかって漢方薬を飲んだらわりと良かったという話をしていたので、それこそワラをもつかむ思いで、4日前S病院を訪れました。「せっかく来たからなんか薬を出しておきましょう」と、こちらの期待を裏切る言葉でしたが一応漢方薬を出してくれました。この4日間の薬の服用の仕方はこれまでのいい加減な人間とはうって変わっています。


 そしてです。薬を飲み始めた次の日から症状が和らいできたではありませんか!なんと昨日までの3日間、ジムの奥の部屋で横になることは一度もありませんでした。薬が効いたのか、たまたまそういう時期だったのかはわかりません。うれしくてうれしくて本当に幸せを感じる3日間になっています。


 つくづく感じることは、この1か月間娘がいなかったらどうなっていただろう?ということです。小学生ククラブやバンビなどの教室、担当している人のレッスンなど考えるとぞっとします。体調の悪いとき、娘は「お父さん、寝ときよ!」といってこれまでの倍以上のレッスンをこなして小中学生の練習を精力的にやっています。「娘が帰ってきていて本当によかった」と感謝の気持ちが消えることはありません。また小中学生クラブにかかわっていただいている方々にもこの1か月本当に支えていただきました。ありがたい限りです。


 まだまだ頭の方は重くてすっきりはしていませんが、これまでとは違います。楽観視はできませんが、明るい気持ちでここ数日を過ごしています。体調を崩したときにたくさんの小学生保護者のかたや宇土クラブの方々に温かいお見舞いのことばをかけていただき心から感謝したいと思います。


 5/20(日) そのうちやりますよ!


 昨日(19日)、小学生クラブの主力メンバーはダイハツアリーナででの中学生合同練習会に参加。それ以外の4月からクラブ1に合流したメンバーのうち5人(2年生〜4年生)は午前中ジムで練習しました。


 合同練習会の方は娘や他のコーチにお願いして、ジムに残り練習を見ました。日ごろこのメンバーをじっくり見ることがなかなかありません。本当にいい機会になりました。

 じっくり見てないのに、「なかなか伸びてこない」などと愚痴ををこぼすこともありましたが、どうしてどうして。この日多球練習をしたり、一人ひとりと練習する中で「いいものが出てきてる!いける!」とうれしくなりました。つい「いいよ!」「よくなったじゃないか!」と日ごろはから口の監督も誉め言葉の連発です。子どもたちも生き生きしていました。


 指導者が勝手に思い込んだら子どもたちもかわいそうです。

 かといってこのこどもたち1人ひとりにかかわる時間はあるかと言われると、正直あまりありません。限られた時間、この子どもたちにどう接していくか。どう伸ばしていくか。ずーっとこの思いが続いています。

 この思いが永遠にならぬよう工夫と努力が要ります。


 5/15(火) 10日間いろいろとありました






この10日間いろいろとありました。書き記したいことはいっぱいありますが、話題を3つに絞って紹介します。


      5/4 全日本予選(ホカバ)6人通過


 5月4にに開催された全日本予選は、6人が代表権を獲得。毎回小学生の大会はこれまでの練習の取り組みが良かったのかどうかが問われる検証の場でもあり、針のむしろ(言い過ぎ!?)です。それゆえに緊張感があります。

 反省は多々ありますが、全体的には今後に期待できる内容だったと思います。ただチャンスがあった子どもが数人いたのでこれを何とかしたかった!





       5/5 昔の卓球部の子どもたちと久しぶりに再会!


 ホカバ予選の翌日5月5日に、新採用の時に勤務した佐伯城南中の当時の卓球部員だった教え子たち7人が「中津卓球ジム」を訪れてくれ、プレーを楽しみにぎわいました。このメンバーとは中学校を卒業後、数年おきに同級会を開いていて、今回2人が愛知県からわざわざ駆けつけてくれました。

 この学年のことで今でも誇りに思っていることは、とても意欲があったことから、私が佐伯城南中2年目に大分県総体で優勝したことです。赴任した年、彼らは2年生でしたが、秋の県新人戦で団体戦は初戦で負けたチームです。それが翌年県で優勝したものですから子どもたちだけでなく、私もびっくり!

 もちろん手ごたえは日増しに感じていました。当時はあの手この手で練習しました。時効に免じてばらしますが、学校の練習だけでは足りなくて、夜希望者は以前の奮闘記に登場したあの3万5000円の”木炭車”(5人乗り)に子ども5〜6人乗せて町の練習場に週2、3回連れて行ってました。警察署の前では子どもたちは伏せていました。とにかくよく頑張った学年でした。


 さすがにこの日は、いまだ現役のIさんを除いては衰えを隠せませんでしたが、和気あいあいとプレーを楽しみました。

 夜の懇親会では、毎度のことながら昔話に花が咲きます。いつも当時の監督の”愛のムチ”の話が出てきては肩身が狭くなります。(笑)

 いつまでたってもありがたい仲間です。





             

            5/8 初体験「救急車」で病院へ


 5月8日朝、まさかまさかの入院騒動がありました。

 その日、朝食を2、3口食べた時になんか頭がフラッとするし変だなと思って横になると、直後に激しいめまいと嘔吐に襲われました。目を開ければ吐くという状況でした。「どうしたんだろう」という不安もあり「救急車かも!?」と予想されたことから、パジャマでは恥ずかしいので、ジャージに着替えるも、上着は片袖を通したところで元気も気力も失い、そのままのだらしない格好のまま、救急車を呼んでもらい病院へ。病院に運ばれるまで救急隊員にいろいろ聞かれましたが、目を開けることができず、結局目を開けたのは病院でいろいろな処置終わって病室に運ばれてからでした。  病室のベッドに横たわっていると、救急車に運ばれる前、顔にかかった雨のことや救急隊員の中に女性の声がしたことを遠い昔のことのように思い出しました。

 入院中は娘と連絡を取り、ジムのこと、小学生クラブのことを娘にやってもらうことができ、つくづく娘が帰って来ていてよかったと思いました。

 もしかしたら自分の体はすでに悲鳴上げている状態で、娘が帰ってくるやいなや堰を切ったようにして出てきたのかもしれません。いやきっとそうだと思います。

 結局病院には2泊3日の滞在で退院しました。まだ完治はしていませんが、ずいぶん復活してきました。まだまだ娘に世話になるわけにはいきません


 5/2(水) ついに帰ってきます!



退職でたくさんのプレゼントでにやける
娘(大丈夫!?)「卓球三昧」HPより

 東京の「卓球三昧」に勤めていた娘が4月をもって退職。近々ふるさと中津に帰ってくることになりました。


 思えば上京した4年前、「卓球三昧」で働き始めた当初は、「レッスンの予約が入るだろうか?」と親としてもちょっと心配になって、HPの予約状況をちょこちょこと見ては”確認”することもありました。そのうち次第に人並みの予約が入るようになって安心したことを覚えています。

 明るいキャラもあってか職場の仲間やお客さんから大事にされてきたようで、今回やめることになり、残念がる人も少なくなかったとか?退職は娘も後ろ髪をひかれる思いだろうと思います。

 

 なにはともあれ5月4日にはこちらに帰り、「中津卓球ジム」で一緒にやっていくことになります。指導者として蓄えた4年間の財産を今後ジムでの指導に力いっぱい生かして欲しいと願うばかりです。


 娘が帰ってきたら、「奮闘記」で改めてご報告させていただきます。


 4/26(木) あと一歩届かず!



愛媛の篠原選手と対戦する山口さん

 代表にあと一歩届きませんでした。

 4月14日から3日間東京武蔵野市総合体育館で行われた東アジアホープス日本代表選考会に出場した山口彩実(あみ)さんでしたが惜しくも代表入りはかないませんでした。

 

 今回は東京にいる娘に練習パートナー、ベンチコーチを託して代表入りを九州で祈っていました。

 第一ステージは5勝1敗で通過。続く第二ステージは激戦の末4勝3敗となり、第三ステージに進むことができる3位のラインに3人が並ぶという混戦模様。結局セット率で及ばず、この時点で代表入りは潰えました。同率で並んだ3人の中に石田クラブの青木さんがいましたが、彼女は第三ステージも突破して代表入りを果たしました。青木さんには熊本オープンに次いでこの選考会でも彩実さんが勝っている相手だけに、何とも言えない思いが残りました。


 しかし彩実さん、ここまで本当によく頑張ってきたと思います。2年生の途中からクラブに入り、卓球を始めて4年足らず。今回出場している多くの選手は小さい時から卓球を始めています。またマンツーマンのコーチがいたりして環境に恵まれいる子どもも少なくないと思います。

 クラブがスタートして1、2年こそは監督が割と時間的な余裕があってやる気のある彼女の相手をすることも結構ありました。それがここ1,2年は小学生の人数も増え、教室も忙しくなり、なかなか余裕がなくあまり相手ができなくなりました。そんな中、彼女はいろんな人の援助をもらいながらほとんど休む日もなく、努力してきました。そしてここまで力をつけてきました。

 今回の悔しい思いはきっと今後の卓球人生の中で生きてくると信じています。



 4/19(土) 今年も代表に!



   表彰を受ける女子チーム代表

 4月14日開催された全国ホープス県予選で女子が優勝しました。この大会に向けて「めざせ 全国ホープスアベック出場!」をジムに掲げてやってきましたが、男子が速見クラブに競り負けてアベック出場はかないませんでした。


 優勝した女子ですが、正直な気持ちとして「よく勝てたな」という思いです。昨年とは違い、今年は他のチームとの力を比べた時「かなり厳しい」という思いがあり、覚悟を持って臨みました。小学生クラブとしては「まずは全国ホープスに出場すること!」が常に目標としてあります。昨年の出場を何とか今年もつなげたい、そんな思いがこの1年間頭から離れませんでした。子どもたちの練習で手ごたえを感じるときがあるかと思えば、へこみそうな状況の時もあってちょっと苦しい1年間でした。

 

 大会では、子どもたちは本当によく踏ん張りました。今年は男女とも混戦でどこが優勝してもおかしくない状況でした。女子の優勝は、結果的にはダブルス練習が生きてきた感じです。全国大会の場でまた強豪チームと闘えると思うととても楽しみです。そんな体験をさせてくれる子どもたちに感謝したいと思います。


 4/10(火) 楠野コーチありがとうございました


 先日の日曜日、3年間小学生クラブのコーチをしてくださった楠野さんと今年クラブを卒業した娘さんのいろはさんがジムにあいさつに来られました。楠野さんご家族は今春大分に引っ越しすることになりました。


 卒業した子どもたちが今までと同じように練習にきているからか、6年生が卒業したという実感がわいていないのが正直な気持ちです。この日、3年間クラブで活動してきた娘さんがあいさつに来てはじめて「ああ いなくなるんだ」と心から思いました。寂しいものがあります。


 楠野さんには3年間コーチとして携わっていただき、クラブの練習や大会等でかかわった時間や労苦は計り知れないものがあります。

 また子どもたちだけでなく、親子の親睦の会をはじめとして、クラブの人たちにたくさんのお世話をしていただきました。ミスの多い監督に優しいメールで指摘をしてくれるのも楠野さんでした。


 そんな心強い存在であった楠野さんがクラブからいなくなるのは、監督として大変痛いですが、報いるためにはこれからの宇土クラブが一層頑張ることしかないと思います。

 楠野さんには改めてお礼を言いたいと思います。3年間本当にありがとうございました。 


 4/5(金) 忙しい3週間でした

 石田クラブ首藤選手と大接戦の渋谷さん
    (中学女子団体準決勝)
卒業生へ感謝をを込めて

宿舎の裏山に男子と一緒に登山

HNT代表選考会の様子

 気がつけば別れの季節をとうにすぎ、はや出会いの季節。この1ヶ月本当に目まぐるしかったという印象です。忙しさにかまけて奮闘記も3週間ぶりという体たらくぶり。あいさつに

 書きたいことはいっぱいあったのに・・・。遅まきながらこの3週間の出来事を振り返っておこうと思います。


 3月17日、日産カップ西日本オープン大会に参加。新チームで臨んだ小学生クラブは女子団体でラストの子どもがセットオールデュースで劇的な勝利をあけて優勝。男子も決勝まで進んだもののあと一歩及ばず準優勝。しかしよく頑張りました。


 3月18日、山国近郊大会」があった日の夕方から6年生の送別会をジムで盛大に?開催しました。今年は6人の卒業生を送り出しました。この日出席した5人はいずれもクラブに入って3年前後の経験でしたが、練習面でも成績面でもよく頑張りました。宇土クラブの土台をつくってくれた6年生たちに感謝でいっぱいです。お礼に監督が下手な替え歌でお返しました。(とてもお返しにはなりませんが)


 3月31日からは2日間にわたる山国町三郷小学校での合宿強化練習。宇土クラブとしての合宿は何と4年ぶり。

 1日目のボールを使った練習ではコーチだけでなく、保護者にもご加勢いただき充実した練習ができました。その日の夜は宿舎で招かざる客、たくさんのカメムシが出没!大人も子どもも夜中までカメムシに振り回された一夜でした。

 合宿2日目は、福岡からのチームや地元の中学校にも参加していただき、合同練習会を開催。朝から夕方までのゲーム練習で、子どもたちの疲れもピークに達していました。大人の心身の疲れはそれ以上だったかも?


 そして4月3日から4日間にわたるホープスナショナルチームの選考会が北九州で開催され、山口彩実さんが出場しました。結果については後日お知らせします。

 

 明日は熊本オープンです。あさ5時半に我が家を出発です。もうひと頑張り!



 3/14(水) 善戦むなしく






口のあいたシューズ


派手?

 3月9・10日に宮崎市で行われ九州大会に出場しました。大会前から痛めていた腰から尻にかけての痛みは範囲を拡大して今なおほろ苦い思い出とともに続いています。

 この大会で最も不謹慎な選手だろうと自覚して臨んだ九州大会でもありました。シングルスの予選リーグはベンチの江藤さんから笑われるほどとんでもないサーブになってセットを落としましたが、なぜか思ったより調子が上がってランク決定まで進みました。いろんな人から「よく動いている」などと言われましたが、それにしても不思議なくらい集中できたように思います。ランク決定戦(8決定)は昨年3位の苦手なタイプの立山さん。「学生時代はすごかった」などと言われましたが今は完全に立場は逆転。それでも食い下がりました。結果は1−3で負けましたが0−2になって3セット目2−6からの逆転勝ちや4セット目マッチポイントまでいったことを考えれば善戦したと言えるでしょう。

 なぜか試合中子どもたちのことをひんぱんに思い出し、日ごろかけている言葉をこの日は自分に浴びせました。「勝負を捨てるな。粘れ!」冷静になってやれてる自分がありました。結果はほろ苦さが残りましたが、心地よさも残りました。


 翌日の朝、シューズを見たらぽっかり口をあけていました。ここにきてシューズの主がいきなり日ごろにない動きをして圧がかかったため持ちこたえられなかったのでしょう。ダブルスの始まる前に愛用しているメーカーの売店に行き、シューズを調達しようとしたら赤と黄色の2種類しかありません。意を決して赤にしようとしたら、横にいた大分県のSさんが「それは宇土さんには似合わんで−」と横やり。結局黄色にしました。会場でプレーしている選手を見るとはでなシューズはあまり見かけません。帰ったら子どもたちに笑われるかも!?と気になりましたが背に腹はかえられないということで”頑張りました”(卓球?)

 

 帰りの道中、クラブのコーチである中野純一さんから「ダブルス優勝しました!」という吉報が舞い込んできました。



3/7(水) ついに!?4周年



休憩時間の子どもたち ちょっとお疲
れ?



 今月の3月1日で小学生宇土クラブが発足して4周年になりました。

 過ぎてみれば「もう4年もたったのか」という感じです。ここまで夢中でやってきた4年間でもありました。とりわけスタートして1,2年は、わき目もふらず突っ走ってきた感があります。初心者ばかりの子どもたちを2時間半どう練習を組んでいくか(どう時間をもたせるかという方が正確かも?)を考える毎日でした。なかなか成果が上がらない苛立ちをつい子どもたちにぶつけてしまうことも少なくありませんでした。卓球で苦しむ夢を1年以上ほぼ毎日見続けました。そんな日々を乗り切れたのも、助けてくれる保護者や仲間がいたからこそと心から感じています。

 初心者でスタートした子どもたちもよく頑張り、3年、4年と経つにつれかなり力をつけてきました。現在(写真)4年前の発足当初からいる子どもはわずか3人ほどです。そのほかの子どもは3年未満の経験がほとんどということを考えれば、よく成長してきたと言っても言い過ぎでないと思っています。


 今年の6年生は6人(クラブ1は5人)です。小学生クラブの一員として過ごすのもあと3週間ちょっと。一緒にやってきた時間が長くなればなるほど愛着がわくのは自然の感情です。寂しくなりますが、時は待ってくれません。残り少ない日々を大切にしていきたいと思います。


 2/22(木) 支えがあってこそ



 アカシアチームと合同練習終えて

 この一週間いく分寒さが和らいできた感じです。朝のジムの温度計も7,8度くらいをさすことが多くなりました。

 季節の移ろいを感じる余裕もなく、いつの間にか2月も後半に差しかかっています。「1月は行く」「2月は逃げる」「3月は去る」などと言われますが、まさにこの2月は忙しさのためか毎日がアッという間に過ぎ去っていっている気がします。

 2月は(も?)ほとんどの土、日が大会や練習試合に充てられています。先週の土曜日は福岡のアカシアチームが遠路来てくださり合同練習会をしました。今週の土曜日は筑後市の練習会、日曜日は中津近郊大会と続きます。


 小学生クラブもこの2月を終えると、発足してちょうど4年になります。思えば小学生宇土クラブがスタートして2年くらいは練習試合の声もかからなかったし、出かけていくこともあまりなかったし、大会参加にしても今の半分以下だったと思います。

 ところが最近はクラブの活動も週末になると怒涛の忙しさになります。保護者やコーチの援助あってこそ、今の小学生クラブの活動が成り立っていることを日々かみしめています。


 「親も大変です!」。そんな叫びを背後から感じつつ、今日もついカレンダーの空き欄に、忍びない気持ちで新たな行事を書き込む自分があります。


 2/8(木) 今のところは




 再びかかりつけのK内科医院の女医さん登場。

 診察で伺う日は朝6時に受付をし、ジムをあける時間に何とか間に合うように病院の診察を済ませるといったことが医者にかかる日のパターンです。


 今日はインフルエンザの流行期であることから、診察時に女医さんから「今年はクラブの子どもさんたちはどうですか?」と聞かれ「今年は不思議と子どもたちはかかってないんです」と答えました。そういえば昨年のちょうどこの時期、診察時に「宇土クラブのかわいい子どもがインフルエンザで来ましたよ」と女医さんがおっしゃっていたのを思い出します。昨年は子どもたちはほぼ全員がり患、監督もやられました。今年は一体どうしたのでしょう。大会でマスクしたりと一応の対策をしてきたとは言え、なぜかインフルエンザによる大会欠場者は一人も出ていません。ありがたいことです。


 女医さんから「体動かしていますか?」「ウ〜ン・・・・・。でも右の手は(多球で)いつも動かしてます」と苦しい返答。「Tリーグ頑張ってくださいよ。卓球がテレビに出るたびに宇土さんを思い出すんですよ」とありがたい応援メッセージをいただきました。

 『出藍の誉れ』という言葉もあります。将来Tリーグに参戦する選手が宇土クラブ出身者から出現するかも。


 2/4(日) がまんがまん



  優勝した山口彩実さんの宣誓

 昨日2月3日、東アジアホープス県予選がありました。ひそかにアベック優勝を狙っていましたが、かないませんでした。女子の山口彩実さん(写真)の優勝にとどまりました。それにしても山口彩実さんは本大会二連覇は立派です。勝負どころで踏ん張りがきくプレーが光ります。


 クラブ全体からみると、昨日の子どもたちの試合は接戦をものにできないもどかしい試合の連続でした。6年生が出場しない大会は厳しいのは覚悟していましたが、予想以上でした。日ごろの練習でしぶとさというたぐいの言葉を子どもたちの前でしょっちゅう口にしますが、そう簡単に身につくものではないことを思い知らされます。


 しかし悲観的になってもしょうがありません。2ヶ月後から大事な試合がめじろおしです。

 つい先日「冬来たりなば 春遠からじ」と誓いを新たにしたばかり。じっと耐えて力をつけるしかありません。桜は厳寒の冬を経験しなければきれいな花を咲せることができないと言います。

 それにしても今年の冬の寒さはどうしたことでしょう。一段と試練を与えてくれる寒さです。がまんがまん。


 1/15(月) あの日の東京で

あの日の東京はこんなだった・・・。

しょうこりもなく今日も笑い話?バカ話? を一つ。

一昨日、昨日と全国各地でセンター試験行われました。雪とセンター試験がセットになると32年前の忘れもしない出来事がよみがえってきます。

 県南の蒲江中学に勤めていた時のこと。東京で開催された道徳の全国大会に他校の先輩教師A先生と2泊3日の予定で参加しました。

 初日は東京のあるホテルに泊まりました。まずますのホテルで私は満足していました。ところがA先生、何を思ったか翌日の朝、「今日はこのホテル引き上げて違うホテルに泊まろうや」というのです。何も疑念を抱かない私は「はい、いいですよ」と同意してそのホテルを後にしました。その日の東京は昨日の大雪で足元がおぼつかない状況でした。

 一日目の大会が終わった日の夜、大分県の参加者の方たちと懇親会がありましたが、私たち2人は懇親会のかたわらホテルの確保のため電話をかけ始めましたが、どこのホテルに電話しても空きがありません。

 県教委の方から「あんたたちゃバカじゃねえかい。センター試験の日にホテルがあるわけねえじゃねえかい!」とさんざんこき下ろされました。「センター試験当日とは知らなかった」とは口にできませんでした。おかげで懇親会はさんざん。ほとんどの料理や酒も口にした記憶がありません。

 結局、県教委の方が宿泊している大分県の厚生施設にそろっと潜り込んで一夜をしのぎました。ところが、A先生は自分で探すと言って私とは離れ離れになりました。


 そして次の日、A先生どうなっただろう?雪の東京で寒い中ねぐらはあったのだろうか?などと考えながら会場に向かう山手線に乗り込みました。

 ところがです!電車の中でバッタリA先生と出くわしたではありませんか!会場が同じだから会っても不思議はありませんが、同じ車両でしかも目の前で。あの時の何とも言えない感激は忘れません。私だけあったかいところに泊まって・・・。という後ろめたさもありました。「A先生!昨日はどこに泊まったのですか?」と聞くと、あまりはっきりと口にされず、結局A先生の一晩の行動がわからないまま、かくして東京出張は無事に?終わりました。


 1/11(木) 冬来たりなば


ジムの屋根もうっすら雪化粧



ジムの中は5度

 今年(今シーズン)の冬はすこぶる寒さを感じます。

 今朝(1/11)はこの冬一番の寒波ということで、数センチの雪が積もり一段と厳しい寒さです。この日、朝のジムは5度。そんな中今日も掃除からスタートです。

 思えば山国に勤めていた時代、マイナス8度という日も数回ありました。得意のやせ我慢で厚着もせずマフラーもせず毎朝校門に立っていましたが、それから比べると・・・。

 顧問をしていた部活動では、いくら雪が降っていても子どもたちの練習のスタートは半パン半そで。30分くらいしてようやく指の感覚が正常になるという感じでした。もっぱら指導は効率より精神論が先行していました。(「今」、反省しています!) 

 そしてまた一つ思い出しました。佐伯市の学校に勤めていた時分、冬季に相撲の授業を組み、雪が降る中、子どもたちは上半身裸になり(させて?)授業をしたこともありました。若いころ(今も?)はいけません。どうも独善的になっていたように思います。


 何はともあれ

      冬来たりなば 春遠からじ

                           です。


 日々寒さにしっかり耐えなければなりません。子どもたちの練習もそうです。シーズン前の今、しっかり力をつけなければ春に花は咲かないことを自分に言い聞かせながら、子どもたちに言い聞かせながら乗り切っていかなければなりません。