加計呂麻島(かけろまとう)生物誌その2

 

ペトロ 晴佐久 昌英

今年も、加計呂麻島の合宿所でキャンプをしてきました。
今年は台風6号の線状降水帯に襲われて、恐ろしい雨の音と、家がきしむほどの風の音が、本当に怖かったです。
特に今回の台風は速度がノロノロだったので、直撃された加計呂麻島は長時間風雨が続き、避難指示も発令されました。
そうこうするうちに島はすっぽりと台風の目に入ったのですが、目が大きく、かつ停滞したために、ほぼ二日間台風の目の中で過ごすことになってしまいました。
そよ風の中、青空が出て日も差し、セミが鳴き蝶が舞い、波の治まった海では子どもたちがチャパチャパ泳いだりして、不思議に平和な光景でした。
もちろん、目から出ると再び暴風雨に見舞われたのですが。地元が言うには「島史に残る台風」だったそうで、大自然のリアルを知る貴重な体験が出来ました。
さて、昨年に続き、そんなワイルドな島の生き物紹介をいたしましょう。
まずは、ハージン。
ハタ科の魚で、鮮やかな赤褐色に無数の青斑紋があります。
非常に美味で、奄美三大高級魚のひとつです。
サンゴ礁などで小さいハージンを見かけることはありますが、大物となるとサンゴの谷間の深みなどに潜んでいて、直接目にすることはまずありませんし、釣るのが難しいことでも有名です。
そんな貴重な魚を今回、隣の海宿の主人が獲って来てくれました。
主人は素潜りの銛突き名人で、朝漁に出て突いた魚を、夕方には姿づくりの刺身にして大皿に盛って出してくれるのです。
ハージンは最近はめっきり減っているそうで、突いたのも半年ぶりとか。
今回の獲物は、王者の風格を漂わせる大物で、全身の青斑紋がラピスラズリのように光を放ち、本当に美しかった。
これが今朝まで海の中をゆうゆうと泳いでいたのかと思うと、その神々しさに思わず手を合わせたものです。
名人は別の日に石垣鯛も突いてきてくれて、これもまたおいしかったのですが、やはりハージンは別格です。
あまりにもうま味がつまっているので、「なんでこんなにおいしいんだろう、こんなにおいしくなければ獲られないのに」と、不思議に思ったことでした。
次に、リュウキュウイノシシ。最近、島内で増えていて、合宿所の周りを散歩していても、見かけない日はないというほどに日常的に遭遇します。
出会うのはなぜか子どものイノシシがほとんどですが、小さくても野生のどう猛さを秘めていて、道でばったり出会ったときなど、一瞬緊張が走ります。
大抵はこちらに気づくとダッシュで逃げ出すのですが、今回、一度、大きめのイノシシとにらみ合いました。
ピクリとも動かずにこちらを見ているので、さすがに怖かった。
こちらが逃げても追われたらスピードではかなわないし、こうなったら進むしかないと一歩踏み出した途端、猛スピードで走り去ったのですが、そのとき道端の崖に思いっきりぶつかって、周囲に土くれや小石が飛び散ったのでした。
猪突猛進を目の当たりにして、妙に感動しました。
島のイノシシはおいしいというのが、もっぱらの評判です。
ある島民から「加計呂麻島のイノシシは特においしい、奄美大島から海峡を泳いで渡ってくるので肉に塩味がしみ込んでいる」と言われ、さすがにそれはないだろうと思いましたが、大真面目に自慢しているので、あえて否定しないでおきました。
もっとも、おいしいというのは本当です。
脂がのっていて、バーベキューにしても、豚汁?にしても、肉にコクがあって実にうまい。
今回、猟師が獲ったイノシシを、獲ったその日に食べる機会があり、「5時間前まで生きていたイノシシ」の肝臓を、生でいただきました。
海水を伝統工法で煮詰めて作った「加計呂麻の塩」を振って食べたのですが、遺伝子レベルで味わうおいしさでした。
クマはまず獲物の内臓から食べるそうですが、その気持ちがよくわかります。
おそらくは縄文人も味わったであろう新鮮な味は、人間もまた本来野生であるという当たり前の感覚を呼び覚ましてくれました。
なんだか食べる話ばかりなので、最後に芸術の話。
台風の目に入った日に近くの集落を散歩していたら、どこかの家から子どもがリコーダーを吹く音が聞こえてきました。
夏休みの宿題なのでしょうか、それなりに上手に、何かの曲と言うよりは音階の練習のような感じで吹いていました。
そのまま浜辺を散歩してから集落に戻るとまだピー、ポー、と吹いていて、「何にもないこの島で、ほかにすることもないだろうしなあ」と同情したものです。
ところが翌日、今度は森の中の人気のない道を散歩していると、昨日と全く同じリコーダーの音が聞こえてきたのです。
音色も音階も、全く一緒。
まさか昨日の子がこんな森の中まで来て吹いているなんてことがあるはずはないのに、どう聞いても誰かが吹いているリコーダーの音です。
ところどころに尺八風のビブラートを聞かせたりして、自然界の鳴き声ではありません。
空耳とも思えず、なんだか薄気味悪くなって、もと来た道を小走りに戻りました。 
と言う話をその夜、島に住んで1年目という友人に話すと、「それ、アオバトよ。あたしも最初リコーダーだと思った」と。
マジかと、その場でYouTubeの動画を検索すると、出てきました。ズアカアオバト。
ぜひ聞いてみてください。
録音のいいのを見つけていただければ、まさしくリコーダーにしか聞こえません。
いやあ、神さまが作ったこの世界には、まだまだ知らない大自然の芸術が満ち満ちているんだろうなあと、つくづく感心。
都会にだけいたら、あの驚愕の笛の音を生涯聴かずに終えるところだった。
危ない、危ない。

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