あいつが「跳べ」って

 

ペトロ 晴佐久 昌英

「成し遂げることは出来なかったが、やり遂げることは出来た」
北京冬季五輪に出場した、スピードスケートの小平奈緒選手のことばです。
前回大会の金メダリストとして期待を背負って出場したもののメダルに手が届かなかった、その思いをインスタグラム上でこう語りました。
含蓄のあることばです。
当初の目的を成し遂げることができなくとも、精一杯やり遂げることにこそ深い意味があると信じているのでしょう。
そうして誠実にやり遂げることが、たとえこの世的には負けたように見えたとしても、天上のまなざしで見るならば「成し遂げた」ことになっているのかもしれません。
イエスが、地上では敗北としか見えない十字架上で「成し遂げられた」と言って勝利したように。
今回のオリンピックでは毎日のように様々な感動を味わうことが出来ましたが、それは同時にトップアスリートたちのことばの力に気づかされた日々でもありました。
特に、逆境の中で自らの弱さと向き合い、失敗してなお前を向く選手たちのことばには、一人のキリスト者としても大いに励まされました。
ということで、期間中耳にしたアスリートのことばの中から、「ああ、これは尊いと思ったことばベスト3」を勝手に選んで、表彰したいと思います。
まずは、銅メダル。
実際の競技でも銅メダルを獲得した、女子フィギュアの坂本香織選手のことばです。
「コロナでみんな滑れないときに、ここで頑張ればチャンスだ、がんばったもん勝ちだと思ってトレーニングに励みました」
コロナでみんな閉じこもり意気消沈していた時に、その逆境を逆手にとってそれまで以上のトレーニングにチャレンジすることを決意したという、その直感力に敬意を表します。
おかげで、コロナが始まったころは低迷していた成績をどんどん伸ばして日本代表を勝ち取り、あのドーピング騒ぎの混乱をはねのけての銅メダルです。
やると決めたら後ろを振り向かずにベストを尽くす、それがどれほどの努力と集中だったかは、競技後にコーチが本人にかけた一言が良く表していると言えるでしょう。
「神さまは見ていてくれたね」
銀メダルを差し上げたいのは、これも実際に銀メダルを取った、カーリングのロコ・ソラーレの、吉田知奈美選手がインタビューで語ったことばです。
「私たちの強さの秘密は、強くあろうとしないこと。メンバーは弱さ全開で、お互い、余裕ある人がない人をフォローしていく。たとえやらかしちゃっても、責める人は誰もいない。みんなやらかすから」
これは、すごい。
優れたコミュニティの本質を見事に言い当てています。
まさに福音家族の神髄の精神ともいうべき。
「力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(2コリント12・9)という、聖書の一節すら思い起こされます。
そして、金メダル。
これはもう、男子フィギュアの羽生結弦のこの一言です。
「報われなかったからこそ、今は今で幸せだなと思ってます」
これぞ、王者のひとこと。実際にはメダルを逃しましたが、もはや勝敗を超越して、人類がたどり着くべき霊的境地でしょう。
この世で報われない十字架を背負う者こそが、復活という真の幸いに至ると言っているのですから。イエスは、「義のために迫害される人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」(マタイ5・10)と語りましたが、この場合の「義」とは、天から与えられたミッションに忠実であるということです。
なにも4回転半跳ばなくともメダル取れるだろうと思うとしたら、それはこの世の損得の話であって、天からの呼びかけである「召命」の尊さが分かっていません。
彼は、合同記者会見でこう語りました。
「心の中にいる9歳の自分がいて、あいつが『跳べ』ってずっと言ってた。・・・実は同じフォームなんですよ、9歳のときと。ちょっと大きくなっただけで。だから、一緒に跳んだんですよね」。
こうなると感動を通り越して、もはや聖性への招きとしか言いようがない。
「報われなかったからこそ幸せ」と言い切れるのは、本当にたくさんの十字架を忠実に背負ったからですし、イエスはそのような義の殉教者に、こうも語りかけます。
「あなたがたは幸い。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある」(マタイ5・11、12)。
2022年の四旬節を迎えました。
キリスト者のみなさんは、霊的なアスリートです。
この世的には体が弱くとも、心が弱くとも、全く構いません。
成し遂げることが出来なくとも、コロナのような逆境の渦中でも、何かやらかしちゃっても、何の問題もありません。
私たちは間違いなく天からの召命を頂いています。
ぼくなんかも9歳の頃、本郷教会の助任司祭から「晴佐久君は神父さんになりなさい」と言われて、無邪気に「はーい」とお返事したものです。
大きくなるにつれ、神父なんか絶対嫌だと思っていましたが、結局は神父になって、今も9歳の自分と一緒に福音の世界で跳んでいます。
いつでもあいつが「跳べ」って言うんです。

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