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| 『ラブレター』['81] 『Love Letter』['95] | |||||
| 監督 東 陽一 監督・脚本 岩井俊二 | |||||
| 今回の課題作には、ともに“ラブレター”をタイトルにしながら、手紙ではないラブレターを印象づける作品としてカップリングされたと思しき作品が並んだ。 先に観た『ラブレター』['81]は、合評会の課題作に挙がったことから七年ぶりとなる三度目の観賞をしたものだ。専業主婦ならぬ専業愛人の“哀しみを通り越した悲痛”を描いて感慨深い作品だ。感想的には七年前に三十八年ぶりに再見したときと変わりない。 四十五年前の本作当時でも、“愛人”という立場は“日陰の身”の脆弱さを余儀なくされるうえに“白い目”という非難に晒される存在だったわけだが、今ではそれ以上に“断罪すべき反社会的存在”として、犯罪者並みに扱われることが僕には何とも気色の悪い“フツー”なるものになってきている気がする。 加納有子(関根恵子)のモデルとなった大川内令子は、実際のところは、陰の存在でもなかったようで、本作に出てくる入籍除籍の件は、どうも逆だったようだ。 それはともかく、ディーテイルの生々しさというかリアリティに改めて感心させられた。にっかつロマンポルノ10周年記念作と銘打たれているのだが、いわゆるロマンポルノ的な大仰さで、時に戯画的なまでに盛られて映し出されるセックスシーンにはない男女の営みと睦み言が描出されていたように思う。原作の『金子光晴のラブレター』は、オープニングクレジットにも示されていたように、江森陽弘による大川内令子からの聞き書というノンフィクションだから、七十九歳まで生きた金子光晴とは没年も名前も違えている潤色フィクションとなるわけだが、かの行水場面が原作でどのように語られているのか、読んでみたい気になった。 すると、斯界作品に明るい先輩から「関根恵子のたらいの行水はいかがでしたか? 人によっては、セックスシーンよりエロい、という話でしたが。」とのコメントがあったので、「七年前の日誌には「都志春と有子が洗いっこをする行水場面は、『祭りの準備』['75]での精神を病んだ妹タマミ(桂木梨江)の身体を兄の利広(原田芳雄)が洗う場面と並び立つ二大行水場面だと思うが、その醸し出しているものの違いの大きさもまた、実に鮮やかだったように思う。」と綴ってます。とし兄ちゃん(中村嘉葎雄)が思わず「きくぅ~」と愉悦を漏らしていたあれ、ちゃんと泡もついていたから、台詞に留まらぬ実感だったのではないでしょうか(笑)。」と返していたら、合評会主宰者が「東陽一監督は黒木和雄監督に付いていたようですから、敬意を表しての「行水」オマージュだったのではないでしょうか? 音楽もなんだか「祭りの準備」っぽかった。担当者は違うけど。」とも教えてくれた。そこで先日観たばかりの『ウンタマギルー』['89]と合わせて“お気に入り行水映画三部作”とすることにした。 加納有子への『ラブレター』は、七年ぶり三度目の観賞だったが、中学生の藤井樹(酒井美紀)への手紙ではない『Love Letter』を観るのは、五年ぶりだ。こちらも三度目の観賞で、両作ともに加賀まりこが出演している。まだ時がそう経ってないこともあり、感想的には前回の再見時とほとんど違いはないが、主演の中山美穂が先頃まだ若くして亡くなったばかりであることの感慨が湧いた。 画面の美しさが沁み入ってくるような作品を観ながら、人の生の豊かさというのは、財や物ではなく、やはり何と言っても記憶のボリュームと彩りだなと改めて思った。夜の自転車置き場での答え合わせの場面や、樹(中山美穂)がポラロイドカメラで学校を撮る場面で流れる♪青春の光と影♪(作詞作曲:ジョニー・ミッチェル)['67]のインストゥルメンタルもとてもいい。半世紀前の高校時分によく聴いていた♪あいつ♪(作詞作曲:伊勢正三)['75]を思い起こさせる映画でもある。そのあいつの得意だった歌は、きっと松田聖子ではないと思うけれども…。 五人の同年代男女が集った合評会での支持は、二対二(一引分)となった。手紙ではないラブレターとしては、女の内腿に彫り込んだ男の名よりも、図書カードの裏面に描き込んだ女生徒の肖像画のほうが断然素敵だが、両作とも気に入っているなか、僕は『ラブレター』のほうに挙手した。 甲乙つけ難しと引分にした主宰者が、東陽一監督について『四季奈津子』や『マノン』のように、実に女性を妖艶に撮る名人と言っていいと思うと口火を切った合評会では、参加者から関根恵子への賛辞が重ねられた。確かに『ラブレター』の関根恵子は絶品だった。しかし、その観点から言えば、僕は『四月物語』の松たか子や『花とアリス』の鈴木杏と蒼井優、『ラストレター』の広瀬すずと森七菜を撮った岩井俊二のほうが上回っているように思う。 僕が『ラブレター』のほうに軍配を挙げたのは、やはり男女の結び付きの濃さと儚さの描出における深みが、『Love Letter』よりも数段上回っているように感じるからだった。驚いたのは、小田都志春(中村嘉葎雄)の哀しいまでの醜態と足掻きに憤慨するに違いないと見込んでいた女性メンバーが、都志春には憤慨しつつも作品的には『ラブレター』のほうに軍配を挙げたことだった。 むかし観たときは感動したけれど、この歳になって再見してみると『Love Letter』は中山美穂のプロモのようだったという実に身も蓋も無い評価だったが、それに対しては再見日誌にも綴ってある「序盤で仄めかされる「企み」という言葉に似つかわしい手の込んだ仕掛けの多い」丹精に言及したうえで、それらが決してあざとさとしては映って来ない透明感の宿っているところが、所謂プロモとは一線を画していると僕は思っている。 その脚本も書いている岩井俊二に対しては、十代時分のあるある小ネタをよく覚えているものだとの感心を表明する意見が出たことに強い賛意を覚え、僕も『花とアリス』の日誌に「どうしてこんなふうに若い十代の感覚を瑞々しく生々しく捉えられるのだろうと驚いてしまう」と二十二年前に綴ってあることを想起した。 | |||||
| by ヤマ '26. 4.12. DVD観賞 '26. 4.14. 日本映画専門チャンネル録画 | |||||
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