【宇佐美】俳句をおやりになっている方で、「晨(しん)」という同人誌に所属しておられます岩月通子さんから、朗読をお願いします。
30年前、 『いまは誰もいません』出版を、桜画廊でお祝い をしたときに、読んだ詩です。
ここには「生き生き」とか「感情ヌキ」とか、もう消えかかって書いてあるんですが、節子さんの指示通りの読み方で、 今年2月7日の日に 朗読をしました。そうしましたら静かだった彼女が、眼をとっても輝かせて一生懸命声を聞こうとしてくださって、ここにいらっしゃる黒部さんのご主人と、もうすごく……。
どうしてこんなに生き生きとなさることができるのか。とにかくこの詩を読めば節子さんはこんな風にお元気になるのねと分かって、大変喜んだ夕方でした。その詩をもう一度読みます。
『いまは誰もいません』の中から、「虹」。
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●『いまは誰もいません』出版記念
詩集『いまは誰もいません』の出版記念会は、74年10月5日に桜画廊で行われた。「アルファ」45号(74年11月)の岩崎宗治氏によるあとがきには、次のようにある。
「出版記念会は、十月五日(土)午後、名古屋の桜画廊で行われた。参会者三十余名のスピーチと岩月通子さんによる詩の朗読があり、大病から再び立上がった黒部節子に熱っぽい声援が送られた。」
●今年の2月7日に
昭和60年に倒れて以降も、家の近かった岩月さんには誕生日のたびに病床の節子を見舞っていただいていた。今年(04年)の2月7日にも訪れた岩月さんは、眠る節子のもとで、30年ぶりに「虹」を朗読してくれた。そのとき、節子は明らかな反応を示したそうである。松阪で先立って行われた「お別れの会」(3月)に御出席賜ったときにも「虹」を朗読していただいている。
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あの針金でゆわえた茨の垣の向こうに
鳥を飼っていた家なんて
何もありません
きっと姉さんの思いちがいだと思います
せんにあのひとの伯母さんが
住んでた家はとうに焼けてしまって
ただの荒れ地です ほんとよ
きのう明ちゃんがきて
大兄さんのゆめをみたって
舟にのってどこかへ行ったんだそうです
暑くて七月か八月のようだった
兄さんは少し太ってたって
顔が白かったって
尖った小さな舟だったっていってました
例の四枚の切手は
地図の上に鳥が二羽とんでいるの
誰か男の人の肖像のと
庭の木と古い家の
(だったと思います 思いちがいかもしれません)
それからあれはどこのでしょう 昔の文字で飾ってあって
砂漠のまんなかに川があって
水の色がまっ青なのです
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夕方になったら木戸をしめてください
なんだか早く暗くなります
階段のあたりがボーとして
茨の垣の向こうに何にも
みえないんです 荒れ地だなんて
きっと嘘よ わたしのまちがいです
きっとみえないだけで
何かあるのよ
昼ま こっそり鳥がとんだり
おちたりしている場所とか
死んだひとたち
明ちゃん あのひと 大兄さん
あったこともない伯母さんたちのゆめを
みることがあります
みんなで 写真をとったり
小さい
眩しい舟にのったりします
詩集『いまは誰もいません』(初出「湾」44号、69年8月)から
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