天狗岳(てんぐだけ)                                         [中信] 2640m

 

 一昨年は蓼科山 、昨年は木曽駒ヶ岳に登り、少しずつ雪山の経験を積み重ねて、今年は八ヶ岳の天狗岳を目指す。今回は1泊2日の計画で、冬の山小屋に泊まるのは初めて。コース自体は冬山初心者向けだが、夜どのくらい寒いのか少し不安はある。
 天狗岳に登るのは3回目。最初に登ったのは学生時代の1976年(昭和51年)のゴールデンウィーク。この時は 蓼科山南の竜源橋から入山して北八ヶ岳を縦走し、最後が天狗岳だった。2度目もゴールデンウイークで7年後の1983年(昭和58年)。今回と同じ渋の湯から入山して、天狗岳から赤岳まで縦走している。黒百合ヒュッテにも泊まったが、途中の登山道も含めて何も覚えていない。まあ、37年も前のことだからな

 ということで、3回目とはいえ、ほとんど初めて登るようなもの。

1983年5月3日 黒百合ヒュッテ

 

 途中までほとんど路面には雪がなかったが、渋の湯手前で急にシャーベット状の雪に覆われ、路面もやや荒れていることもあり、スリップしながらなんとか駐車場にたどり着いた。スタッドレスだがあまり効いていない感じ。
 渋御殿湯まで歩いて行き受付で駐車料金を払うと、宿のおばさんがわざわざ駐車場までやってきて、駐車場所を細かく指示される。

渋御殿湯の駐車場

 

  渋御殿湯の玄関前を通り、堰堤下で橋を渡って登山道に入る。橋の手前には登山届のポストがある。
 登り始めは雪の下に隠れた岩を踏んでバランスを崩したりして歩きにくいが、だんだん雪が厚くなり、歩きやすくなってくる。昨日の雪で樹々の枝先には雪が積もっているが、トレースはしっかりしている。 前日の小屋への宿泊予約の電話では「30pくらい積もっている」とのことだった。

 やや急な登りを登りきると八方台への分岐で、ここから緩やかな尾根道になる。周りは相変わらずシラビソなどの針葉樹の森で、展望は利かない。
 少し下って唐沢温泉分岐を過ぎると道は谷状になり、じわじわ登っていく。何組か下山のグループとすれ違う。時間的には小屋泊まりの人だろうか。

 樹林が切れるとポンと黒百合ヒュッテの前に飛び出す。小屋の外観はちょっと見には、37年前とあまり変わらない。
 まだ時間は早いが今日はここまで。アイゼンを外し、宿泊手続きをしてザックを下ろす。

 

針葉樹の森を登る

 

シラビソからつらら

 

黒百合ヒュッテ

 部屋にはまだ入れないと言うことで、1階のこたつで遅い昼食。モンベル会員の特典で、同行のNom君は缶チュウハイ、自分はグラスワインを飲む。
 小屋の中は電波が届かず、小屋の人に聞くと「ドコモは通じるが、Auは小屋の前の丘の途中の岩まで登らないと通じない。」と言う。車中、伯母が亡くなったとのLINEが入っていたので、葬儀日時 を確認するためにどうしても連絡をする必要があり、靴を履きスパッツを付けスマホを握って丘を登った。
 深い雪を掻き分け、脚を取られながら何とか教えられた岩に到着し、スマホをかざすがアンテナは一本しか立たない。それでも一応連絡が付き一安心。
 ついでに雪にまみれながらもう少し登って岩の上にあがり、天狗岳を望む。眼下はスリバチ池で、その向こうに陽が陰って寒そうな天狗岳があった。
 

新雪の向うに東天狗岳

 

東天狗(左)と西天狗

 岩場から下りて考えるに、恐らく西側から電波は来ているので、登山道を少し戻って西側に寄れば通じるのではないかと思い、夕方になってから試してみたら何とかアンテナが立った。これで雪の丘を登らなくても連絡は付くと安心する。
 夜は薄手のダウンジャケットも着込んで寝たが、明け方は少し寒かった。

 

  翌朝は予想通りガス。風もかなり強い。窓の外のシラビソの枝が揺れ、小屋の中から見ていても寒そうだ。午後には青空が広がると確信しているが、いつから晴れるかは何とも言えない。出発は遅いほど好天になる可能性が高いが、あまり遅いと帰りが遅れる。朝食を食べ終わってもグズグズしていたが、8時を目途に出発準備を始める。 同宿した3人のグループも待っていたかのように支度を始める。

 

樹林の中を中山峠へ向かう

樹氷

 

 ダウンジャケットも着込んで外に出れば、それなりに覚悟が出来てためらいもなく出発する。昨夜からの再びの雪でトレースはすっかり消えてしまっていて、樹林の切れ間を探しながら中山峠に向かう。

 峠から先は基本的に主稜線に沿って行けばいいのだが、稜線の幅が広くてルートが良く分からない。右へ左へと道を探しながら進んでいく。 所々ピンクのテープが見つかるものの数は少ない。
 吹き溜まりの斜面では膝まで雪に潜り、新雪でアイゼンが効かずにずり落ちるところもある。

中山峠

 

 ガスで見えないが左手の崖を意識しながら稜線を進むと、傾斜のきつい灌木の斜面になってきた。森林限界を越えたようで強風が吹きつける。雪は降っていないが、風に吹き上げられた雪片が顔に当り痛い。
 トレースは相変わらずはっきりせず、灌木の間のクラストした踏み跡らしいところを、つま先を蹴り込みながら登っていく。クラバクラから上に漏れた息がサングラスの内側で凍って、前が見にくい。新雪と強風で少々気力がめげそうになる。こりゃまずいな。
 Nom君に「どうする。」と声を掛けると、東天狗までは行きたいと言う。それならと新雪に脚を取られながらも前のめりで進む。

ガスでルートが分からない

 

 なんとか斜面を登りきるとエビのしっぽに覆われた標識がガスの中に現れた。やっとスリバチ池コースとの合流点まで来たようだ。風に飛ばされて雪は少なく、岩が露出している。岩が多くてトレッキングポールでは雪面に刺さらず、ピッケルに替える。
 稜線は狭い岩稜になり、岩を越えられずトラバースする箇所もある。右から強い西風が吹き続け、顔を左に向けながら進む。所々に現れるロープを見つけると、登山道を外れていないことが分かり、安心できる。
 岩場の先のガスの中にまた標識が現れ、そこが東天狗の山頂だった。ふ〜、何とか登り切った。
 

 記念写真を撮り合い、西天狗は諦めてコーヒーを飲むことにしたが、風から身を隠す岩がない。西風なので山頂の東に回り込みたいのだが、東側は崖である。仕方なく各々小さな岩陰にしゃがみ込んでコーヒーを飲む。
 天気が良ければ赤岳などの南八ヶ岳の展望が広がるのだが、ガスで望むべくもない。風も収まりそうになく、15分程で下山にかかる。

東天狗山頂

 

  下り始めてしばらくした時に、突然Nom君が滑落した。あっと思っただけでどうしようもなかったが、幸いなことに10m程滑ったところで平らな岩に乗り上げて止まった。すぐに声をかけ、怪我がなくてホッとする。下手をすれば大怪我になるところだった。肝を冷やした。
 ところがその先で再び滑落してしまった。今度は西側の斜面を15m程滑り落ち、雪面で自然に止まった。岩場から灌木帯になっていたので、下まで落ちることはないとすぐ判断できたが、2度も滑落したのは本人だけでなく自分の方もショックだった。 
 

 聞けば、体重を山側にかけていて、それが正しい歩き方だと思っていたと言う。それでは滑るはずである。今年になってから御在所岳大日ヶ岳に一緒に登り、ある程度雪上歩行の練習はできたと思っていたのだが、大きな勘違いだった。基本的なことをしっかり教えていなかったことに 思い至らなかった自分のミスである。
 新雪で滑りやすい上に、Nom君は歯の短い軽アイゼンなのだからもっと注意しなけらばならなかったのだ。大事に至らなくて本当に良かった。

斜面を下るNom君

 

  スリバチ池ルートの分岐を過ぎて急斜面を下り始めたころ、ガスが晴れて少しずつ下が見えるようになってきた。風が しぶとく絡みつく雲を吹き払い、眼下に北八ヶ岳の展望が広がった時には思わず感嘆の声が漏れた。黒百合平から中山にかけて雪化粧した針葉樹の森が広がり、その向こうに蓼科山や霧ヶ峰の車山が見えてくる。森の中にはポツンと黒百合ヒュッテも見える。
 もう少し早く晴れてくれば山頂で大展望を味わうことができたのだが、多くは望むまい。この光景で十分ではないか。登りの苦労が報われる。

 

眼下に原生林が広がり、蓼科山も見えてきた

 

 次第に青空も広がり、樹々の樹氷がキラキラと光る。ダケカンバの樹氷はガラス細工のようだし、シラビソの樹氷は砂糖菓子のよう。ミニモンスターのような物もでき掛かっている。 右手の佐久側の展望も開け、御座山(おぐらやま)や奥秩父の山が見えている。
 あ〜、晴れていればこんなに気持ちがいいのだ。ここからの下山路は天国のようだった。

樹氷の森

 

ダケカンバの樹氷

氷粒

 

稲子岳

急斜面を下る

 

シラビソの樹氷

ダケカンバの樹氷

 

ダケカンバの樹氷

樹氷の尾根道を下山

 

東天狗岳の急斜面

御座山

 

東天狗岳(左)、西天狗岳(右)

黒百合ヒュッテ周りの森

 

 黒百合ヒュッテまで戻っても高揚した気分は収まらない。アイゼンを外し、小屋で昼食にする。小屋のランチメニューは豊富でカレーライスやラーメンといった定番から、生姜焼き丼やモツ煮まである。迷った末に名物のビーフシチューを選択したが、これがうまい。御飯が1食分しかないということでNom君に譲ってフランスパンにしたが、パン を浸して食べるとこれまたうまい。パンのお代わりが欲しかったが、それはやってないと断られた。残念。次に来ることがあったら野菜カレーにしよう。
 青空と白い森とうまいシチューに満足して下山。渋温泉の温泉らしい匂いの湯に浸かって帰った。

 

ビーフシチューセット

下山路から乗鞍岳

 


 天狗岳ルートマップ


[山行日]   2020/3/17(火)〜18日(水)
[天気] 17日 晴れのち曇り、夜雪
18日 ガスのち晴れ  
[アプローチ] 17日 中央道 茅野I.C. →(R152、県道191号)→ 渋の湯  [約22km]

・渋御殿湯の駐車場、1日1,000円。旅館受付で許可をもらう。
・駐車場横にトイレあり。
 
[コースタイム] 17日
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
1:00 10:20 渋の湯(1850m) 出    
11:20 八方台分岐(2125m) 0:15  
1:10 11:35  
11:55 唐沢温泉分岐(2190m)    
12:45 黒百合ヒュッテ(2390m) 着   全行動時間
2:10     0:15 2:25

18日

  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
1:45 8:15 黒百合ヒュッテ 発    
10:00 東天狗岳山頂 (2640m) 0:15  
1:15 10:15  
11:30 黒百合ヒュッテ(昼食) 0:50  
0:40 12:20  
12:45 唐沢温泉分岐    
13:00 八方台分岐 0:05  
0:35 13:05  
13:40 渋の湯   全行動時間
4:15     1:10 5:25
[地図] 蓼科(1/25000)
[装備] 12本爪アイゼン、ダブルストック、ピッケル

 

[山小屋] 黒百合ヒュッテ
・1泊2食、8,800円+暖房費700円
・夕食17時半、朝食6時。
・食事はおいしい。
・昼食メニューが豊富。特にビーフシチューがおいしい。
・お湯500㎖、100円。お茶500㎖、200円。
・敷布団が薄く、床の硬さが伝って寝にくい。
・冬季は洗面台が封鎖されていて、歯磨きができない。
[温泉] 渋御殿湯
・渋温泉の旅館の風呂。信玄の隠し湯と言われる。
・入浴料1,000円。
・湯舟が2つあり、ひとつは冷泉。自分には冷たすぎて無理。
・露天風呂なし。
・ボディソープはあるが、シャンプーはない。