荒船山( あらふねやま)                              [関東] 1423

光城山から

 荒船山の名前は昔から知っていた。
 子供の頃、切手を集めていて、そのころ発行された「妙義荒船佐久高原国定公園」の切手の図案が「妙義山と「荒船山」だった。その変わった山容は印象的で記憶に残り、特に荒船山は山登りを始めた大学生の頃、深田久弥が「航空母艦」のようだと書いているのを読み、一度はこの目で見たいと思っていた。
 それをやっと実行することにした。

 登山口の内山峠に着いた時には、もう日没から30分ほどたっていたが、まだ、ほんのり薄明かりが残っていた。驚いたことに、峠の駐車場には先客がいた。まだ新緑前のこの時期のウィークデイに、車中泊の同好者がいるとは思わなかった。

 まずは一目、荒船山を見ておきたいと思い、駐車場を通り過ぎて内山牧場との分岐まで車を進めてみた。車を止めて振り返ると、バクが背中を丸めてうずくまっているような、特徴的な山容が目の前にあった。やっと出会うことができた。
 わずかな明るさがかすかに岩壁の襞を浮かび上がらせていて、稜線の穏やかさとは対照的な険しさを見せている。
 十三夜の月が蒼く澄んだ空に掛かり、今夜の寒さを暗示している。

 駐車場に戻り、先客の反対側に車を止め、ウイスキーを舐めてからダブルにしたシュラフに潜り込んだ。

月と荒船山

 

 翌朝の気温は0℃。昨夜の気象情報では軽井沢の最低気温の予想が0℃だったので、氷点下まで下がるかと思っていたが、そこまではいかなかった。

 カップ麺を食べて出発。支度をしている間にもう一台上がってきたが、スタートは一番先。寒いのでフリースのセーターを着たまま歩き始める。

 登山道は群馬と長野の県境をたどっていくが、稜線上の小さなピークは長野県側に巻き道が付いていることが多い。所々で荒船山の岩壁の横顔が望めるが、灌木が邪魔をしてすっきりとは見えない。

登山口の駐車場

 

 巻き道をうねうねとたどっていくと、どちらを向いているのか分からなくなってくるが、地図上で稜線が南から東へ向きを変えるあたりで岩壁に突き当たる。
 岩壁の下部には窪みがあって、修験道の行場の跡だということだ。火山灰が固まったような岩で、何だか崩れてきそうな感じがする。最近地震が多いので、こんなところで揺られたら怖いだろうなと思う。

鋏岩の岩窟

 

 鋏岩の岩壁を右から回り込むと、ミズナラ林の中の巻き道が続く。右手には木々の枝越しに荒船山の最高点である行塚山が見え隠れする。
 次に壁に突き当たったところが一杯水。壁の上はもう荒船山の山上台地になり、そこから岩伝いに細い流れがしたたり落ちている。登山者の喉を潤してきた水場らしいが、あまり綺麗そうではないし、暑くもないのでパスする。
 ちょうど下から車中泊の人が上がってきて、昨夜は寒かったね、と会話を交わす。

ミズナラ林をいく道

 

右端の突起が行塚山


 一杯水からは梯子やロープが現れる急登になり、背後には木立の間から北アルプスや八ヶ岳の白い峰々が競り上がってくる。すっくり立ち上がった赤岳の尖峰がりりしい。

 急登は思いのほか短くて、道はじきに緩やかになり、再びミズナラ林を進んでいく。もう山上台地に上がったようだ。避難小屋を右に見て、灌木の間を抜けると突然艫岩 (ともいわ)展望台の上に出た。

八ヶ岳(左から赤岳、横岳、硫黄岳)

 

 小さな広場の先は岩壁が切れ落ちていて何もない空間が広がる。あまりにもこちらとその先の連続性が無いためか、正面の浅間山を含め、眼前に広がるパノラマは書き割りの絵のようで、実態が感じられない。
 ぽっかり空いた空間こそが向きあうべき対象のようにそこにあり、これまでの山の山頂からの風景とはちょっと違った感覚である。
 

 この崖はクレヨンしんちゃんの作者が転落死したことでも知られており、さすがに覗き込む勇気はない。

足元には国道254号が山裾を巡る(艫岩展望台から)

 

北アルプスの展望(穂高連峰から右へ燕岳、烏帽子岳あたりまで)

 

 気分を落ち着けようと腰を下ろし、改めて景色を眺める。左手に長々と続く白い線は北アルプスの稜線。南の穂高連峰から北端の白馬岳まですべて見える。距離があるので迫力はないが、これだけ一目で見られると、ちょっと感動的である。
 こちらの荒船山が群馬県境であり、穂高の向う側は岐阜県なので、目の前には長野県の幅が見えていることになる。その間、約90km。数字から受ける印象は狭いのだが、佐久平、松本平を挟み、人の住む空間としては十分に広い。
 

蓼科山の左は岩壁に遮られる

 

槍穂連峰(真ん中が大キレット)

 

鹿島槍、五竜 中央が白馬岳

 

 正面が浅間山で、ほとんど雪がない。もともとこの時期にはこんな感じなのか、今年は雪が少ないのかは分からない。
 浅間山の右手に目を移すと、ギザギザの裏妙義の向うにこれもギザギザの榛名山が重なり、その向こうに雪を頂いた上州武尊、至仏岳が浮かんでいる。来月にはあの武尊の稜線を歩く予定だ。

 

浅間山

 

手前から裏妙義、榛名山、上州武尊と左かすかに至仏

 


 この展望だけで登ってきた甲斐はあるのだけれど、取りあえず最高点を目指し山上台地を南に縦断する。

 山頂一帯は広くて、ほとんど平らな道が真っ直ぐに伸びている。周りはミズナラの気持ちのいい林で、不思議なことに小川も流れている。

 登山道わきに小さな解説板があり、それに導かれて草原を少し西に入ると「皇朝最古修武之地」という石碑が立っている。
 説明書きによれば、諏訪神社の神様である建御名方神(タケミナカタノカミ)と香取神宮の経津主神(フツヌシノカミ)、鹿島神宮の建御雷之男神(タケミカヅチノオノカミ)が争おうとしたときに、天照大神が瓊瓊杵尊 (ニニギノミコト)を使わして収めた、という謂れに基づくもので、地元の有志により昭和9年に建てられたとのことだ。
 こんな神話は初めて知ったので、家に帰ってから調べてみたが、出展は分からなかった。

小さな流れ

 

皇朝最古修武之地の石碑

 

山頂台地の平らな道

 

 山上台地の幅が次第に狭まってくると、星尾峠への分岐の標識に出会う。それを過ぎると道は急な登りになるが、10分程で行塚山の山頂に到着する。
 山頂は樹林に囲まれた狭い広場で、片隅に小さな石の祠がある。木々の枝先を透かして南西の方角を見ると、わずかながら八ヶ岳と南アルプスの北岳の白い峰が見える。北岳の左側は間ノ岳だろう。なおも南には御座山や奥秩父の峰々が望めるはずだが、木立に遮られて展望はきかない。
 わずかな滞在で元の道を戻り、再び艫岩からの展望を楽しんでから駐車場に戻った。

 

行塚山山頂

 

間ノ岳(左)と北岳(右)

 

コガネネコノメソウ?

 

エイザンスミレ

 

 内山峠から「荒船の湯」に向かう途中の国道わきに駐車場があり、そこから見上げる荒船山はまさに戦艦のように見える。
 妙義山の方から眺めると行塚山がブリッジで右に長く甲板が伸び、艫岩が船尾のようにみえるので、荒船山の名が付いたとのことだが、ここから見上げる荒船山は艫岩の岩壁だけが見えるので、左に向かう戦艦のような印象だ。
 この駐車場には荒船山の地質的な成り立ちを説明した解説板も立っている。

群馬県側の国道254号の駐車場から見上げる荒船山

 

 

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[山行日] 2016/4/20(水)
[天気] 快晴     2016年4月の天気図(気象庁)
[アプローチ] 光城山山麓 P (三才山トンネル経由、 R254、R152、R142) → 佐久市内 (R142) → 内山峠、荒船山登山口 P       [約78km]  
      
・約20台駐車可。トイレなし。
[コースタイム]  
  行動時間 発着時刻 地点名 休憩時間  
1:30 6:20 内山峠 荒船山登山口 P (1070m)   0℃
7:25 一杯水    
7:50 とも岩展望台 0:30  
0:35 8:20  
8:55 行塚山山頂(1423m) 0:15  
0:30 9:10  
9:40 とも岩展望台 0:25  
1:15 10:05  
11:20 内山峠 荒船山登山口 P   15℃
3:50     1:10 5:00
登り 2:05       (全行動時間)
下り 1:45        
 
[地図] 荒船山 (1/25000)
[ガイドブック] 決定版「日本二百名山登山ガイド 上」 (山と渓谷社)

 

[温泉] 荒船の湯

・町営の日帰り温泉施設
・群馬県甘楽郡下仁田町大字南野牧9326-1
・入浴料 600円
・月曜定休
・開館10:00〜20:00
・露天風呂はあるが、周りは見えない。
・コイン返却式貴重品ロッカー、シャンプー、ドライヤーあり。