『阿寒に果つ』['75]
『挽歌』['75]
監督 渡辺邦彦
監督 河崎義祐

 高校時分の映画部の部長が『阿寒に果つ』を観たというので、北の地に熱く燃える想い…てな感じで『挽歌』とのカップリングでの定例合評会の課題作に提案したところ、それは難しいとのことだったところから、合評会なしの独りカップリング観賞をしてみた。先に観た『阿寒に果つ』は、先ごろ亡くなったばかりの五十嵐淳子が“五十嵐じゅん”の名でクレジットされている、五十一年前の作品だ。当時二十二歳の彼女のフルヌードが見られる他には取り柄のない凡作だと仄聞していたせいか、思ったよりも面白かった。

 十四歳で画家に師事し、十五歳で道展入選を果たし、十代半ばで天才少女画家として、東京でも名を馳せる快挙を果たしながらも、十八歳の高校三年生で夭折した加清純子をモデルに渡辺淳一が自伝的にものした小説が原作とのことだ。渡辺淳一ならぬ田辺俊一(三浦友和)の目に映った加清純子ならぬ時任純子を五十嵐じゅんが演じて、たどたどしく背伸びして不器用に生きた少女を描いていた。

 自らの才知への自負と併存する不安に強迫されるように、気負った背伸びを重ねる純子が痛々しいのは、演じた五十嵐じゅんの見せるつぶらな瞳に幻惑されたからなのかもしれない。それにしても、ひたすらフォトジェニックな画面づくりに徹していて、まるでグラビアショットを重ねているかのようなソフトフォーカス多用の少々安直な絵づくりに失笑してしまった。情痴作家として名を馳せた渡辺淳一作品に相応しく、奔放な性関係を重ねる時任純子を描いて、姉蘭子(二宮さよ子)とのレズ場面まで添えたロマポ並みの構成なのだが、そこは東宝作品だけあって、多用されたフォーカス同様、極めてソフトだった。

 あんなの梯子段だもの、登り切ったら役に立たないとの師匠(福田善之)に向けた痛烈な台詞は、実際の加清純子にもあった言葉なのだろうか。姉の恋人(大出俊)にも手を出し、ひたすら自身が最も目を引く存在であることを自らに対して実証せずにはいられない強迫感から男あさりをしているように映る純子が哀れだった。絵を描く才はあれども、絵に描くべき内実を持っていないことに焦り、生き急いで「阿寒に果てた」純子の生涯は、オープニングとエンディングで印象づけられていた、真っ白に降り積もった純白の雪道を真っ赤なレインコートで歩く姿の後で倒れ込んだ図そのままに、“白と灰色の間にある幾つもの白”を求めて、画業に行き倒れたものだったということなのだろう。

 元医学生の偽医師活動家である殿村(地井武男)がゴッホの言葉だと言っていた 絵描きのように汚い職業には労働者の手と胃袋を持った人間が一番適しているとの台詞は原作小説にもあって、作者の渡辺淳一が絵描きに物書きを重ねている気がした。純子は、そのゴッホよりも遥かに早く夭折したわけだが、本作に描かれた時任純子には生き急いでいる感はあっても、ゴッホのようにファナティックな感じは見受けられなかったように思う。


 先に観た『阿寒に果つ』の時任純子もなかなか手に負えない娘だったが、同年製作になる『挽歌』の兵藤怜子(秋吉久美子)も相当なものだった。こちらは裏方ながらも演劇少女である。奇しくも両作とも最後に主人公が赤いコートを着て彷徨っていた。

 五年前に原作小説を読んだ際に、四十年来の宿題小説だったことを思い出した作品だ。大学の文芸サークルで仲良かった某女子大の同輩に「私の一番好きな小説だから読んでみて」と言われたまま、いつのまにやら四十年が経つ。きっと彼女はもう忘れていることだろうが、僕のほうは引っ掛かったままだった。僕の書棚には、亡き親父の書棚から移した東都書房による単行本があって、ずっと気になっていた。ちょうど僕が生まれる一年前となる昭和32年3月発行の第23版だ。
 当時、作中の兵藤怜子とほぼ同じ年頃だった彼女は、どこがそんなに気に入っていたのだろう。怜子のキャラクターの手に負えなさにいささか閉口しながら読んだが、若い女性の恋情のもたらすタチの悪さがよく描かれているようには感じるなどと思っていたら、怜子が愛人志願をした桂木氏の妻が愛人の青年も娘も遺して自殺を遂げてしまう顚末に唖然とした。包帯を繃帯と記し、ブルーをブリュウ、二百燭光の裸電球、クリスマス・トリー、バケツを馬穴、丁寧を叮嚀といった調子で表記していたりするのを物珍しく読んだが、妙な味の悪さが残った。
と記していたが、映画化作品のほうには後味の悪さはなく、タイトルどおりの挽歌を感じた。桂木あき子を演じた草笛光子の好演が利いていたのだろう。僕の歳のせいがあるかもしれないが、本作の秋吉久美子よりもずっと惹かれた。

 原作小説を読んで「青年も娘も遺して自殺を遂げてしまう顚末に唖然とした」僕が、身の置き所のない苦しさに、少し後押しする形で怜子に桂木を引き渡すべく仕舞いを付けたように感じることができた。それを受けての挽歌かと納得したのは、草笛光子のおかげだ。十歳ほども若い恋人(村野武範)の幼稚さに湧いていた悔恨が何とも哀れだった。“ダフネ”で浮気を観留められた怜子に対する臨み方も潔く、その怜子と夫の関係に気づいたときの自制のなかで見せた表情の複雑さも御見事だった。作品的には並の出来栄えだと思うけれど、草笛光子は上々だった気がする。

 “ダフネ”なる意味深長なる店名が原作にもあったか当たってみると、確かにそうなっていた。最後の“あき子の死”にも繋げているのであろう生きてる白鳥より死んじゃった白鳥のほうがずっときれいだと思うわとの怜子の台詞は、たぶん生きてる白鳥よりも死んだ白鳥のほうが美しいのだと思うわP50)となっていたが、傷ができるのが好きなの。傷ができると思い出ができるじゃないとの怜子の台詞は、原作に見当たらなかった。

 桂木(仲代達矢)に向って情婦でいたいのと言ってのける小生意気な突っ張りの底にある健気さを秋吉久美子が充分には表せず、家政婦のトメ(近松麗江)から我儘娘と言われていた怜子の気ままな本気のようにさえ感じられた。それには、当時の秋吉久美子が備えていた規格外というか常識離れしたイメージが作用しているような気がしなくもない。

 すると三歳下の映友女性から原作を読んで期待して映画館で観ましたが、うーん、別物のヒロインだった記憶があります。今では原作も映画も記憶が朧気ながら、ヤマさんがお書きの草笛光子の艶やかさだけは、目に焼き付いています。当時で40代の女性が、成熟した現役の女性を体現していた事にびっくりしたんだと思います。他に覚えているのは、近松麗江が、朝帰りした秋吉久美子に、「その人にあなた貰ってもらいますからね」と、小言を言った事。若い女性は、本当に色々不自由だったと思います。とのコメントが寄せられた。よく覚えてるなぁと感心した。まさにその台詞はあった。そして、二日前に観たばかりのウクライナ出身のフェミニズム団体の活動家オクサナを描いたOXANA/裸の革命家・オクサナ['24]に出てきた女には結婚か、売春婦しかないの!?との台詞を想起させられた。
by ヤマ

'26. 9.16. 日本映画専門チャンネル録画
'26. 9.17. スカパー衛星劇場録画「クミコが選ぶ、とっておきのクミコ



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