『浪人街』['90]
監督 黒木和雄

 先頃、黒澤監督の用心棒['61]を観た際にちぎれた手首を咥えた犬の姿は、後年の黒木監督による『浪人街』['90]でも見掛けたような気がするが、覚え違いなのかもしれない。ちょっと観直してみたくなった。と言っていたら、高校時分の映画部の部長が早速に録画ディスクを貸してくれた。三十五年前に、あたご劇場で中島監督の『激動の1750日』との併映で観て以来の再見となったが、ちぎれた手首が宙を舞う場面はあったものの、それを咥えた犬は登場しなかった。

 今回再見し、改めて感心したのは、スタッフ・キャストの豪華さだった。十七年前に “生誕100周年記念 カツドウ屋一代 マキノ雅弘映画祭”で観た浪人街['57]を撮った監督がマキノ雅広の名で総監修としてクレジットされていた笠原和夫脚本の本作には、宮川一夫の名も、撮影監督の高岩仁とは別に「特別協力」として刻まれていた。お葉(伊佐山ひろ子)が荒牧源内(原田芳雄)に言っていたメダカの群れより流れに逆らう鯉のほうが私ぁ好きだという台詞がマキノ版にあったかどうか記憶にはないが、当時の日誌に遠い記憶で覚束ないところがあるけれども、これなら亡き黒木和雄監督がリメイクした『浪人街 RONINGAI』('90)のほうが面白かったような気がすると綴っている覚束なさとは逆の形になるけれども、本作は大いに面白く観た。

 マキノによる'57年版に対して一筋縄ではいかない複雑な性格を持ったキャラクターを作っていたのだとしても、あまりにちぐはぐな感じが拭えなかったと記している部分については、本作での赤牛弥五右衛門(勝新太郎)が抱えていた屈託を筆頭に、母衣権兵衛(石橋蓮司)にしても土居孫左衛門(田中邦衛)にしても、一本筋の通った“さむらい魂”を素浪人の境遇にあっても手放せない男たちとして、活き活きと描き出していたような気がする。とりわけ石橋蓮司は、数多ある彼の出演作でも出色の格好よさだったように思うし、元さむらいと思しき夜泣き蕎麦ならぬうどん屋(長門裕之)の美味さに涙し、侍うどんと名付けて称える赤牛の志向する“本物”が沁みてくる作品だった。いつの世にも蔓延る権力を笠に着て横暴な非道を重ねる下劣な輩として、四人の浪人たちと対置された、女は抱くより斬るに限るといった暴言を恣にする直参旗本たちが鮮やかだった。彼らに対してさえも、“本物の家来”といった言葉を口にし、葛藤の果てに死なば諸共の自害を決していた赤牛の哀れが際立っていたように思う。

 夜鷹や居酒屋「まる太」の主人太兵衛(水島道太郎)の虐殺に対しても冷淡な荒牧に対して薄情者!と詰っていたお新(樋口可南子)が、牛裂きの刑に処されようとしている窮地に荒牧が名を呼びながら救出に現れたことに零す涙が美しく、彼女の数ある出演作のなかでも随一の映画ではないかという気がする。

 苦衷に満ちた最期を遂げていた、読み書きの先生としても慕われていた荒くれ者の赤牛の位牌を置いた樽に書かれていた易水歌は、赤牛自身の筆によるものだったのだろうか。あるいは、母衣が書き添えたものだったのであろうか。 風蕭蕭兮 易水寒 壮士一去兮 不復還 太兵衛が覗かせていた彫り物ともども、その鮮やかさが目を惹く粋な作品だったように思う。

 残念だったのは、他人の顔['66]を観たときに大いに憤慨した無粋な胸の暈しをBS松竹東急よる8銀座シネマが女性の裸身に施していた時期の録画だったことだ。今は既にチャンネル自体がなくなっているが、三年前に僕が日誌に記して程なく、BS松竹東急よる8銀座シネマがそのような暈しを止め、そのタイミングの符合に大いに驚いたことを思い出した。

by ヤマ

'26. 6. 5. BS松竹東急よる8銀座シネマ録画



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