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『用心棒』['61]
監督 黒澤明

 積年の宿題でもあった監督別観賞作品目録を作成したところ、先輩映友から黒澤明の項に『用心棒』がないのはけしからんと、DVDが送られてきたものだ。見ると「黒澤明DVDコレクション」通巻1号となっているから筆頭作だ。観覚えはあるのだが、記録には残っていないのは恐らくTV視聴したのだろう。昔のテレビ放映は今と違ってノーカットのほうが珍しかったし、画面も小さく、生活音に紛らわされる環境でしか観賞できなかったから、既見作にカウントしていない。稀に、静かにETVで観たりビデオ視聴で自分でも観賞したと思える場合のみ、記録に載せていた覚えがある。

 だから、桑畑三十郎(三船敏郎)が怒り肩でのし歩く姿で始まり、おやじ、あばよで終える本作に見覚えがあるのは当然のことではあったが、ひたすら画面構成が格好いい映画であることは改めてしみじみと思った。対立するアウトローが覇権を巡って抗争を繰り返している設定の街の風情には、西部劇のテイストが芬々と漂っていて、荒涼としつつも随所にユーモアが破調を来さない程度に散りばめられていて、まさに絶妙の按配でもあった。ある意味、筋立てなどはどうでもいいような作品に思えてくるのだが、清兵衛(河津清三郎)と丑寅(山茶花究)を両天秤に掛ける、まさに人を食った構えがあってこそ、程よく醸し出せるものでもあるから、筋立ても侮れない要素ではあるところだ。五年前に幾度目かの再見をした荒野の用心棒』の日誌には、『夕陽のガンマン』に言及しつつ、ジョーと呼ばれる名無し男(クリント・イーストウッド)には、三十郎と違ってとぼけたユーモアがないのが残念だが、若い!かっちょいい!(笑)と添えていた。

 やはり黒澤作品らしくキャラクター造形が巧みで、いずれ俺の値打ちを見せる時が来ると言っていた一両二分の用心棒の本間(藤田進)とは対照的に、思いのほか性根が座っていて気骨のある飯屋の親父(東野英治郎)、厚顔無恥な狡女ながら母性だけは損なっていない女郎屋の女将(山田五十鈴)、人好しなのか粗暴なのか妙に可笑しい亥之吉(加東大介)、ニヒルな構えが板につき西部劇風味の補強もしていた卯之助(仲代達矢)など、エンタメ作品かくぞあれかしと思わずにいられないような快作だ。棺桶に差し入れられていた包丁を使って試技を繰り返す三十郎を観ながら荒野の七人['60]のブリット(ジェームズ・コバーン)をナイフ遣いにしたのは、本作からのアイデアだったのではないかという気がしたが、製作年次を確認すると後先が反対だったから、西部劇風味にしたうえでのナイフ遣いならぬ包丁遣いという設定は、アンサームービーなのかもしれないと思った。

 無法者のヤクザに憧れ、太く短く生きるんだと家を出た息子(夏木陽介)を嘆き、どいつもこいつも楽して儲けることしか考えねぇ。みんな博奕のせいだと百姓親父(寄山弘)が言っていたが、今や政府がカジノ誘致を政策として掲げる時代になっている。この“世の堕落と腐敗”を嘆く親父の悲嘆に始まり、その息子が百姓に戻ることで終える古典的に調った構成も気持ちが好い。通りすがりに水を所望して施してくれた親父のこの言葉が、荒んだ町のヤクザの一掃という世直しを三十郎にさせる気にした形になっていた。

 ちぎれた手首を咥えた犬の姿は、後年の黒木監督による『浪人街』['90]でも見掛けたような気がするが、覚え違いなのかもしれない。ちょっと観直してみたくなった。

by ヤマ

'26. 5.26. DVD観賞



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