『そして彼女たちは』(Jeunes Mères)['25]
監督・脚本 ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

 ダルデンヌ兄弟の映画でエンドロールに音楽の流れる作品に出合うとは思わなかった。それもこの子には明るい曲も聴かせてあげようと劇中で弾かれていたモーツァルトがそのままエンドロールに流れていく運びになっていた。そして訪れるお決まりの無音のエンドロール。いい映画だと思った。

 自分には育てられないと、自分と同じような生い立ちにはしたくなくて、母親の懇願と憤慨をよそに決然と養子に出し、自分は進学して貧困から抜け出ると宣言していたアリアンヌ(ジャナイナ・アロワ・フォカン)が、娘が十八歳になった時に届けられる手紙に書いていた日付が2042年7月19日で、彼女より三歳上だと言っていたように思うから、本作は2024年時点の話で、彼女は十五歳での出産だったことになる。

 確かに原題どおりの“若い母親たち”が直面している人生の大難局を前にして、懸命に生きている姿が生々しく捉えられていて、流石だという気がした。それにしてもベルギーでは、若い母親への給付金といい、人的支援制度といい、ここまで充実しているのかと畏れ入った。集票目当ての“子育て支援策”などとは根本が違っている気がした。

 アリアンヌの母親のような、“元々は豊かな母性を備えていながらも貧困とDVのなかで、自身も手のはやい、状況判断の出来ない大人になっている成人女性”の拡大再生産を社会的に抑えようという“公の意識”なるものが窺えて、大いに感心させられた。かつては日本にもあって今や無惨に損なわれていっているように感じられる社会意識を突き付けられたように感じた。

 自分は母親から棄てられた施設育ちだという屈託を抱えているジェシカ(バベット・ヴェルベーク)、少年院を出所したばかりの幼子の父から別れを告げられて動転しているペルラ(リュシー・ラリュエル)、ともに薬物依存だった過去から、三人での家庭を作り、出直そうとしているジュリー(エルザ・ウーベン)、それぞれに母親との関係修復、伴侶とではないけれども歳の離れた姉との家族生活、紛れもない親子三人での新居と結婚という、より良き一歩に踏み出すところで映画は終わっていたが、おそらく“若い母親たち”たる彼女たちに苦難の日々は続くのだろう。幸あれと思った。
 
 映画の終わりのほうで、ジュリーが結婚前に言っておかないといけないことがあると、養父に犯されたことをディラン(ジェフ・ジェイコブス)に打ち明けていた。彼女の薬物依存への道の端緒はそこだったのかもしれない。母親に訴えると母親から自分が殴られたとも言っていた。それを観て、母親と同棲していたDV男へのアリアンヌの脅えようからすると、彼女の娘の父親はそのDV男だったのかもしれないという気がした。
by ヤマ

'26. 5.30. キネマM



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