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| 『青ひげ』(Bluebeard)['72] | |||||
| 監督 エドワード・ドミトリク
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| 演出や運びが何ともぞんざいに感じられて倦みつつも、次々と現れるいかにも '70年代風美人女優の裸身を含めた艶やかさに気を取られてしまったが、これが『十字砲火』['47]や『ケイン号の叛乱』['54]を撮ったドミトリクの映画か?と些か呆れた。 もっとも、お話の運びの乱暴さは、我が国で言えば、桃太郎や泣いた赤鬼をもじって、パッケージ裏面に記された「大人の童話として描いた知られざる傑作」として映像化しているのだから、丁寧に運んでいく必要があるわけではないのかもしれない。溌溂とした踊子だったアン(ジョーイ・ヘザートン)が、夫カート男爵(リチャード・バートン)からの殺意の表明にも逆らわずに、彼が殺害した妻たちを語る長広舌を受容するのも、約束されているセルジオによる救出までの時間稼ぎだとはなから承知していれば、さして気にはならずに、どんな意匠で繰り出されてくるかの興味には向かう。 貴婦人のグレタ(カリン・シューベルト)、かしましいエルガ(ヴィルナ・リシ)、レズビアン趣味のあるエリカ(ナタリー・ドロン)と娼婦(シビル・ダニング)との絡み、修道女マグダレナ(ラクエル・ウェルチ)、被虐趣味のブリジット(マリル・トロ)、ロリコン趣味に応えられるキャロライン(アゴスティーナ・ベッリ)と多彩だったが、殺された六人の妻のなかで最も目を惹いたのは、二度も登場したグレタだった気がする。だが、一番魅力的だったのは、やはり出ずっぱりだった主役のアンを演じたジョーイ・ヘザートンだったように思う。知らない女優だったが、他にどういう作品に出ているのだろう。 大人の童話としてのポイントは、カート男爵を連続妻殺しに追いやったものが、強度のマザコンから来ると思しき性的不能にあるという設えだったように思う。聖俗、長幼、ノーマルアブノーマル、いかなるヴァリエーションを調えても克服できない因業さと重ねて、その人格的歪みの社会的な発露として反動的に出現したファシズムを描き出しているところに妙味があるとしたものだろうが、あまり成功していたようには思えないところが残念だった。どこかテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」の江戸川乱歩の美女シリーズを思わせる緩さが妙に可笑しかった。あれだけのキャストを構えられていれば、もっと面白く撮れた気がしてならないが、ドミトリク向きではなかったのだろう。音楽がエンニオ・モリコーネで、本当にどんな映画でもやっていたのだなと感心した。 本作でのアン救出はセルジオではなく、カート男爵率いるファシスト集団が行った焼き討ちを恨んだ少年の復讐によるものだったが、敢えて鉤十字ではないデザインを施し、序章の複葉機でのカート男爵着陸から始まった、いつの時代、どこの国とも知れない意匠を凝らした絵造りが企図していたものは、決して1930年代に限らない普遍性だったのかもしれない。それにしても、多種多様なシースルー衣装がなかなかの眼福で、'70年代映画の真骨頂のようにも感じた。 | |||||
| by ヤマ '26. 5. 1. BD観賞 | |||||
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